第22話 成敗
「攻撃魔法を……自分の体に付与するなんて……そんな事……出来るわけが……」
ゲオルクは倒れ込んだまま、信じられないといった様子で俺のことを見ていた。
確かに奴の言う通り、攻撃魔法は生命を持たない無機物にしか付与出来ない。
それを敢えて実行すれば、自分で自分の魔法を浴びてしまい、たちまちダメージを被ることになる。
実験的ではあったが、以前スピリット達に付与出来たのは、彼らが無生命体だったからだ。
ということは、武器や防具と変わらない、いかにも無生物でありそうなこの骸腕にも攻撃魔法が付与出来るのではないかと考えたのだ。
結果は見ての通り、上出来すぎるくらい上手く行った。
既にゲオルクは立ち上がることも困難なようで、半身を起こしたまま力尽きたように項垂れていた。
そんな時、
「くくく……」
彼は弱々しいながらも肩を震わせ笑い始める。
「何がおかしい?」
「いや……まさか、ただのマッパーだったお前が、ここまでやるようになるなんてな……」
そこで彼は「だが」と続ける。
「これだけ派手に暴れたんだ……城内には既に知れ渡っているはず。騒ぎを聞きつけた兵士達がこぞって駆けつけてくるぞ? 衛兵だけじゃない。我がネルキア騎士団の精鋭達も主の危機には急行するように言ってある。さすがにその数を相手に無事ではいられないだろう。残念だったなあ、ジルク。お前もここでお終いだ」
ゲオルクは咳き込みながらも哄笑する。
「さあ、そうはならないと思うぞ」
「は? 何を言って……」
「俺が何も対策を取らずに侵入したとでも思ってるのか?」
「……」
彼は思わず黙り込む。
「予め、この部屋全体に結界を張らせてもらった」
「け……けっかい……?」
「結界の中で起こった衝撃や音は全て、その結界の内側で吸収され、外部に漏れることはない」
「な……」
俺が話す度にゲオルクの顔が青ざめて行くのが分かる。
この部屋に入る直前、俺は
そのスキルも魔物を複数倒して手に入れた
ゲオルクは斧を別次元から呼び出しているが、その逆だと考えればいい。
「だから、この部屋の中で俺がお前に何をしようが誰にも知られることはないということだ」
「……」
ゲオルクは喉をゴクリと鳴らすと、珍しく怯えた様子を見せる。
完全に状況を覆せないと悟ったのだろう。
「わ、分かった! お、俺が悪かった! 峡谷での事もアルバンに脅されて仕方なくやったことなんだ! 許してくれ! だ、だから……」
「そうか? 俺を蹴落としたあの時、随分と楽しそうな顔をしてた気がするぞ」
「そ、そんな事は……き、気のせいだ! 俺は生まれつきそういう顔なんだよ。ほらっ」
わざとらしく笑顔を作って見せる。
そんな彼に対して、俺はサンダーの魔法を放ってみせた。
ゲオルクの顔の横で一瞬、バチッと火花のようなものが散る。
「いっ!?」
息を呑んだ彼は震える声で言ってくる。
「じょ……冗談だって! あの時のことは謝る! だから殺さないでくれ! お願いだ!」
「お願いだって? あの時、俺がお願いしていたらお前はそれを聞き入れてくれたのか?」
「そ、それは……」
彼はばつが悪そうに言い淀む。
「そもそも、お前は周囲にとって有害な人間じゃないか」
「は? どういう意味だ……?」
「これから先、お前は何人の人間を殺してゆくんだろうな?」
俺は冷たい目でゲオルクを見据える。
「……!」
それで何かを感じ取った彼は、怯えたように床を這いずり、壁際に後退りした。
そして神に祈るような仕草で懇願する。
「な、なんでもする……! だから命だけは……!」
「こういう時の常套句だな」
「ち、違う……!」
「まあいい。お前にはまだ聞きたいことがあるからな」
「な、ななな、なんでしょう??」
急に畏まったようになる。
「大魔導師ライムントの遺骨の事だ。そいつをどこに捨てた」
「骨……? あっ……そ、それなら、ルカニ湖に捨てさせた……」
ルカニ湖……?
名前は聞いたことがある。
確か、ここから南に少し行った所にあるマクナ山の麓だった気がする。
あそこは山の周囲が深い森になっている。度々、濃い霧が立ち籠め旅人を惑わすと有名だ。
よりにもよって厄介な所に……。
俺の苛立ちが伝わったのか、ゲオルクは身を震わせる。
「二度と取り戻せない場所って考えたら……そこになっちまったってだけなんだ……」
「嘘じゃないだろうな?」
「そんな……滅相も無い!」
彼はブルブルと首を横に振る。
この様子では嘘は吐いてなさそうだ。
それにしてもルカニ湖か……。
湖の中に落ちているものをどうやって探し出そう。
あまりに範囲が広すぎて、特定するのも困難だ。
一欠片だけでも見つかれば、それでなんとかなるのだが……。
遺骨のサルベージについて算段を練っていた時だった。
壁際で縮こまっていたはずのゲオルクが突然起き上がり、ベッドに向かって飛んだのだ。
そのまま彼はそこにいた娘を片腕で抱き込み、もう片方の手で首を掴む。
そして、してやったり、といった感じの視線を俺に向けてきた。
「はっはっはっ、油断したな、ジルク! 少しばかり強くなったといっても所詮、お前は三流なんだよ!」
自由にというわけではないが、あれだけのダメージを負っていて、まだそれだけ動けるとは。
頑強さを売りにしているだけのことはある。
「ははっ、どうした? ぼんやりして。何をすればいいか分かってるだろ? 今すぐこの部屋にかけられている結界を解け。さもなくば、こいつの首をへし折るぞ?」
「うっ……」
ゲオルクが首を掴む手に力を加えると、娘は苦痛に顔を歪ませる。
彼はその体格に見合うだけの豪腕の持ち主だ。
彼女の細い首など、小枝を折るより容易いだろう。
「なに突っ立ってんだ、早くしろ!」
強い口調で急かしてくる。
しかし、俺はそんな彼に対して小さな拍手を送った。
「いいねー」
「は? 何を言って……」
「お前が期待を裏切らないクズで助かったってことさ。これで何の気兼ねもいらなくなった」
「……」
ゲオルクは予想外の反応に困惑しつつ、苛立ちを濃くする。
「ふざけてんのか! そっちがそういう態度なら……」
彼が首を掴む手に力を込めようとした刹那だった。
冷たい風がゲオルクの横を駆け抜ける。
「……ん?」
彼は最初、自分の身に何が起こったのか分かっていなかった。
だが、やや遅れて、
「ふ……ふぎゃぁぁぁぁっ!?」
痛みに苦しみ悶えた。
彼の両肩に氷の槍が突き刺さっていたのだ。
それは俺が放ったアイススピアの魔法だった。
「う、腕が……上がらねえ!!」
ゲオルクの両腕はだらんと垂れ下がっていて、娘に対する拘束は解けていた。
「腕の神経を貫いたからな。自分の意志ではもう腕を上げられないだろう」
「な、なんだと……」
困惑するゲオルクの側で、娘は事態を飲み込めず硬直していたが、すぐに震える手足で這うようにして彼のもとから逃れた。
「いやあ、それにしても人質は誤算だったよ。あの大斧を振り回すほどの豪腕だからな。最初に腕を潰しておくべきだった」
「な……」
頭が真っ白になり、呆然と立ち尽くすゲオルクを前に、俺はゆっくりと右手をかざす。
「さてと」
そこに灯ったのは先程と同じ、バーンブレイズの炎。
そいつを目にした途端、彼の瞳が見開かれる。
「さっきは表面しか焼けなかったからな。今度は中からじっくり焼いてやるよ。ステーキの生焼けは嫌いだろ?」
自分でも口角が上がるのが分かった。
「ひぃっ……!?」
ゲオルクは確実に迫る死の恐怖に顔を歪ませる。
「安心しろ、死ねば何もかも無くなるわけじゃない。ちゃんと死後の世界も存在している。それは死霊使いである俺を見てきたお前なら良く知ってるだろ」
「……」
「ただ、お前の場合、低級霊のまま永遠に現世へ縛り付けられることになるけどな」
「……!」
ゲオルクの顔から血の気が失せるのが分かった。
「や、やめ……」
次の瞬間、俺は奴の腹目掛けてバーンブレイズを纏った拳を打ち込む。
「ぐほぉっ!?」
だが、それで終わりじゃない。
炎に包まれた拳を彼の肉体の中心部まで貫く必要がある。
その為には大量のブラッディベアから得た
炎を纏った拳に
拳の先端が彼の肉体に触れた時――俺は呟く。
「燃えろ」
途端、ゲオルクの巨体が紅蓮の炎に包まれた。
「ほぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
部屋中に轟く悲鳴。
それは獣の叫び声にも似ていた。
そんな断末魔の叫びも炎の集束と共に小さくなる。
完全に火が消え去った時、床の上には消し炭のような肉の塊が転がっていた。
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