無能な俺は死体を漁る ~仲間に裏切られた死霊使い、英霊から生前のスキルを奪い取り最強へと至る~

藤谷ある

1章

第1話 最高のサプライズ

「ありがとう、ジルク。今回の勝利はすべて君のお陰だ」


 俺は珍しく褒められていた。

 いや、記憶が確かなら、珍しいどころか生まれて初めて褒められているのではないだろうか?

 それくらい〝褒め〟と俺は無縁な関係だった。


 ここはギルニア王国領内にあるハボス大森林。

 一つの大きな戦いを終えた俺達のパーティは、その森の中をゆっくりと歩いていた。


 礼を述べてきたのは、俺が所属している冒険者パーティのリーダー、アルバン。

 自分と同い年の十六でありながらも冒険者ギルドでトップランカーを走り続ける名うての双剣使いだ。

 彼の両腕から繰り出される太刀筋は、あまりの速さに衝撃が遅れてやってくると言われるほど。

 そんな彼に向かって俺は釈然としない態度を示す。


「そう言われてもあまりピンと来ないな……。俺はただサポートをしていただけで、実際の戦闘はアルバン達に任せっきりだったわけだし……」


 答えると、すかさず背後から肩を掴まれる。


「謙遜すんなよ。ジルクがいなければ、俺達はあの魔王を倒せなかったんだからな」


 その太い指の持ち主は同じパーティの斧使い、ゲオルク。

 巨大な戦斧を操る圧倒的な攻撃力と、大柄で筋肉質な体格を生かし、パーティの盾として活躍してきた男だ。


「それには僕も同意するよ」


 ゲオルクの側で続けざまに声が上がる。

 弓使いの青年、フリッツだ。無論、彼もまた同じパーティである。

 冒険者としては線の細い彼だが、遠く離れた場所から小さな虫をも射貫く狙撃能力の高さは当代随一と名高い。


「魔王と対峙したにもかかわらず、今もこうして命が繋がっているのはジルクが居てくれたからこそさ」

「フリッツの言う通りだ。そこんとこ、お前も素直に受け止めるべきだと思うぞ」


 ゲオルクは俺の鼻先に人差し指を向け、たしなめてくる。


「はあ」


 取り敢えずの返事。

 とはいえ、褒められるのは好きじゃない、という奴はそんなにいないだろう。

 実際、悪い気はしないし、寧ろ照れ臭いくらいだ。

 だが、こうも一流の面々から揃って褒められると、どうにも違和感を覚えてしまうのも確か。

 そう思ってしまうのにも、ある理由があった。


 俺は生まれながらに死霊レイスと対話できる能力――〝死霊使い〟のスキルを持っていた。

 それが故に周囲からは気味悪がられ、疎まれてきたのだ。

 その反応は両親も同じで、俺のことを奇妙な生き物でも見るような目で見てきた。

 壁に向かって話しかけたり、虚空を見つめながら突然、笑い出したりするのだから、不気味に思うのも当然だろう。


 そんなだから、十五歳の成人を迎えたと同時に半ば勘当同然で、生まれ故郷の村を追い出された。

 成人の旅立ちを体裁のいい言い訳にされたのだ。


 この国では十五歳から大人として扱われ、家督を継ぐ者でもない限り独立して生きて行かなければならない。それは貴族であっても同じだ。

 そんな時、大半の人間が一番最初に考えるのは冒険者として生きて行く道だ。

 それは俺も同じで、幼い頃は本気で世界一の冒険者になりたいと思っていた。


 まあ……今を思えば世界一は言い過ぎだったと思う。

 でも、この機に冒険者として身を立てる――そんな生き方もありだろうと考えるのも普通の流れだった。


 しかし、それはすぐに身の程を弁えない望みだったと知る。

 死霊レイスと対話する能力のみで、他にスキルを一切持たない俺は冒険者としても役立たずだったのだ。


 だからと言って、冒険者以外の職にもスキルが要らないというわけではない。

 力仕事でも商売でも、仕事をこなすのに有用なスキルを持っていた方が優遇されるからだ。


 当然、死霊レイスと会話できることが役に立つ仕事なんてありはしない。

 それどころか、その事を話せば即、断られるのが目に見えているので間違っても口には出来ない。

 俺は日銭を稼ぐこともままならず、流浪の旅を続けなければならなかった。


 そんな時だ。

 アルバン達のパーティに声を掛けられたのは。


 最初はどうして一流の冒険者パーティが、俺のような人間に……? と思った。

 しかし、アルバン達の話を聞いているうちに、彼らが俺に何を求めているのかが分かった。


 俺が対話できるのは一般的に死霊レイスと言われるもの。それと死霊レイスほど個を為していないが、どこにでも存在するスピリットという魂の欠片。


 スピリットは単純な思考を持つ、俺にとっては謂わばペットのような存在で、簡単な命令ならば聞き入れてくれる。

 その事を利用してスピリット達をダンジョンや洞窟内に送り込み、予め内部を探索してもらえば、得た情報を元にマッピングが行える。


 これが地縛霊の類いなら、土地に対する怨念や執念が強い分、より詳しい情報が得られる事もある。

 アルバン達はそこに目を付けた。


 パーティが安全確実に目的を遂行できるよう、俺をマッパーとしてパーティに加えたいと言ってきたのだ。


 俺としては願ったり叶ったり。

 明日の食べ物を心配しなくていい上に、一流のパーティに入れるのだから断る理由なんて無かった。

 何より俺のことを必要としてくれる人達がいたことが、とても嬉しかったのだ。


 そこからは彼らのもとでマッパーとして働き、経験を積んだ。

 そして遂に――。


 今から数時間前、王国を脅かしていた四錆しせい魔王の一人、青鈍あおにびのベンダークをアルバン達が倒したのだ。

 この功績は後世まで残る栄誉として語り継がれることだろう。


 戦う術を持たないマッパーの俺は魔王城の外でアルバン達の帰りを待っていただけだが、それでも同じパーティの一員として力になれたことを誇りに思う。


 王都に戻ればアルバン達は人々からの称賛の波に身を委ねることになるだろう。

 だが俺は彼らとはそもそもの出来が違う。


 ――寂しくなるが、これを機に彼らともお別れだな……。王都に戻ったらパーティからの脱退を申し出よう。

 そんな事を考えていた時だった。


「ジルク、あなた今、王都に戻ったらパーティを抜けよう――なんて思ってたでしょ?」

「えっ……?」


 まるで心を読まれたかのような発言にドキリとし、我に返った。


 声を掛けてきたのはパーティの紅一点、魔法使いのユリアナだ。

 彼女は全属性の魔法が使えるという希有な存在であり、パーティ全体の火力の要。

 そんな攻撃的な立ち位置でありながら、可憐な容姿とエルフと見紛う美貌を持ち合わせている。


 ユリアナは目を細めると疑うような表情で俺の顔を覗き込んでくる。


「その反応は図星みたいね」

「……」


 こちらが答えないと見るや、彼女は俺の前に回り込んできて歩く道を塞ぐ。

 そして、むくれた顔を眼前まで近付けてくる。


「ちょっ……近いって」


 彼女の透き通るような金髪が俺の鼻先に触れ、思わず身を仰け反らせる。

 しかし、彼女はそんなことは気にしていない様子で、先程とは一転して悲しそうな表情を浮かべる。


「ジルクは自分のことを低く見積もり過ぎだよ? そういうの良くないと思う。それに……」


 言葉を溜め――。


「ジルクが抜けるって言っても……私がそんなこと認めないから」

「ユリアナ……」


 こんなふうに言われるのは初めてのことじゃない。

 俺が思い悩んでいる時、彼女はいつも優しい言葉を掛けてくれた。

 普段から見守り、気に掛けてくれているのが身に染みるほどに分かる。

 その度に救われた気持ちになった。


 ここまで冒険者を続けてこれたのも彼女の存在があったからこそだと思う。

 そんな彼女に――全く好意を抱いていないと言えば嘘になるだろう。


「おいおい、そういうのは俺達がいない場所で、二人だけでやってくれないか?」


 ゲオルクが冗談めかしたように言う。

 すると俺とユリアナはどちらからともなく距離を取った。


「それはそうと、どこへ向かってるんだ? そろそろ教えてくれてもいいだろ」


 俺は漂う空気を入れ替えるように尋ねた。


ベンダークの討伐後、アルバン達は行き先も告げず、どこかに向かって歩き始めた。

 他の皆は分かっているようだが、俺には教えてくれないので仕方なく付いて行っているのだが、いい加減モヤモヤが募る。


「そう焦るなよ。俺達はジルクに感謝してるんだ。皆で話し合って、そんなお前に礼をしてやろうってことになってな。その場所に向かってるんだ」

「えっ……俺に??」


 思ってもみなかったゲオルクの答えに俺は驚きを隠せなかった。

 まさか、俺の為に皆が動いてくれていただなんて考えもしなかったからだ。


「ゲオルク、まだ言っちゃ駄目じゃないか。サプライズなんだからさ」

「お、そうだったな。すまん、すまん」


 フリッツに咎められ、ゲオルクは頭を掻いた。

 と、そこで――、

先頭を歩いていたアルバンが声を上げる。


「着いたぞ」


 足を止めている彼のもとに皆が駆け寄る。

 すると森が急に開け、壮大な景色が目に飛び込んでくる。

 草木も生えないゴツゴツとした岩場が連なり、大地の裂け目のような谷が山向こうまで続いている。


「ここは……」

「スウェイン峡谷だ。別名、邪竜の谷とも言われている」

「邪竜……?」


 俺はその単語に違和感を覚えた。

そこでアルバンは崖縁に立ち、下を覗く。


「かつて世界を破滅に追いやったと言われるドラゴンさ。大昔に凄腕の賢者がこの谷底に封印したらしい」

「うひょー……こいつは凄えや。底が見えないぜ」


 同じように崖下を覗き見たゲオルクが驚きの声を上げる。

 フリッツとユリアナ、そして俺もそれに続く。


 そこにはとにかく深い闇が広がっていた。

 光が届かないほどの深さなのか、ゲオルクが言うように底の様子は全く窺えない。

 加えて、谷底から吹き上がってくる風に微量の魔素が含まれているのか嫌な感じがする。

 俺が不快な表情を浮かべると、それに気付いたアルバンが言ってくる。


「封印されて長い時が経っているとはいえ、これほど強力な魔素が風に乗って運ばれてくるとは……噂通り、未だドラゴンは息絶えていないらしいな」

「噂?」

「ああ、封じられているのをいいことにドラゴンの寝首を掻こうという輩が何人もいたって話だ。しかし、誰一人として生還者はいなかった……」


 しみじみと語る彼を前に俺は考える。


 アルバンは、どうして俺をこんな殺伐とした場所に連れてきたのだろうか?

 何か御礼をしてくれるって話だったと思うが、ここはお世辞にもそんな雰囲気の場所じゃない。

 もしかしたらここは経由地で、目的の場所は他にあるとか?


 しかし、アルバンはさっき「着いた」と言った。

 目的地でもないのにそんな事を言うだろうか?


「なぜ、この場所に?」


 俺は視線を谷底から隣にいたアルバンに移す。


「そんなの決まってるじゃないか」


 そう言ってきた彼の口元が僅かに綻んでいるように見えた。

 と、そこで突然、背後に気配を感じた。

振り向くと眼前にゲオルクのニヤついた顔がある。

 その直後だった。


「これが俺達からの――礼だからだよ!」

「っ……!?」


 背中に衝撃が走った。

 俺の体が前に押し出され、宙に浮く。

 ゲオルクに蹴り飛ばされたのだ。

 俺は咄嗟に手を伸ばし崖縁を掴む。


「くっ……」


 片腕に全体重がかかるのが分かる。

 それでなんとか落下を免れた。


 転がったいくつかの小石が俺の体に当たりながら真下に広がる闇の中へと消えて行く。

 見上げれば薄笑いを浮かべるアルバンとゲオルク、そして冷めた目で傍観しているフリッツの姿があった。


「おっと、一回で落ちなかったかー」


 ゲオルクが残念そうに言う。

 そんな光景を見ながら、これが嘘であって欲しいと俺は願った。

 だがそれと同時に、万が一つにもそんな可能性は無いのだろうと理解してしまっていた。


 彼らに拾われ、認められ、歩んできた日々が脳裏に浮かんでは消える。


「なぜだ?」


 尋ねることも無意味だと知りながら、聞かずにはいられなかった。

 アルバンは崖縁にぶら下がる俺に侮蔑の視線を向けながら鼻で笑う。


「なぜだって? 俺達はベンダークを倒したんだ。王都に戻れば相応の評価を受けることになるだろう。その際に死霊レイスを操る奴がパーティにいただなんて知れたら、それだけで気味悪がられるし、なにより俺達の評価が下がるからな。このタイミングで手を切っておくのが最良だと思ったのさ」

「僕が言った通り、最高のサプライズだったでしょ?」


 アルバンの後ろでフリッツがさも楽しそうに言う。

 だが俺は解せなかった。

 それが道理として通っていないと思ったからだ。


「理解できないな」

「なに?」


 アルバンの眉間に皺が寄る。


「本当にそれが理由なら、俺を追放すれば済むこと。最初からいなかった事にするだけで問題は解決するはずだからな。なのに、わざわざこんな所まで俺を連れてきて殺そうとする。そこが解せないと言っている」

「……」

「それに、俺を突き落とすだけに留まらず、邪竜の餌にしようなんて……まるで死体が残ってはいけないみたいな遣り口じゃないか。何か他に理由があるんだろ?」


 黙っていたアルバンの口元が弛む。


「ああ、そうさ。計画を進めるには念の為にお前を殺しておかないと困ったことになる可能性があるからな」

「計画?」

「気になるのさ――。お前のそういう勘の良すぎるところがな!!」

「ぐっ!?」


 アルバンは踵で俺の手を踏みつけた。

そのまま捻じ込むように力を加える。


「ぐぁぁぁっ……!!」


 激しい痛みと共に指の骨が軋む音を立てる。


「おー痛そう。早く諦めた方が楽になれるぜ?」


 ゲオルクが涼しい顔で促す。

 俺にはもう彼の言葉など耳に入らなくなり始めていた。

 痛みを通り越して、指の感覚が無くなりつつある。

 なんとか気力で縁に囓り付いている状態だ。


 そんな最中、ゲオルクの背後に不安そうな表情を浮かべる少女の姿を見つける。

 ユリアナだった。

彼女はただ呆然と立ち尽くし、俺のことを見つめていた。

まるで状況に怯え、何も出来ないでいるかのように見える。


 その姿を認めながら俺は少し前のことを思い返す。

 自分がパーティを抜けると悟られた時、彼女は「私がそんなこと認めないから」と言ってくれた。

あれが嘘でないのなら――。


「ユリアナ……さっきのは……」


一縷の思いを乗せて言葉を紡ぐ。

 すると、先程までの彼女の憂いた表情が不敵な笑みへと変わるのを見た。


「フフフ……」

「……!」


 ユリアナは不気味に笑う。


「そんなの当たり前じゃない」

「え……」

「パーティから抜けられちゃったら、あなたを殺せないもの」

「……」


 途端、俺の中で何かが一気に崩れてゆくのが分かった。

 ユリアナはその手に魔力の光を宿す。

 目映い火花のようなものを散らすそれは雷撃の魔法だ。


「さようなら、ジルク。愛していたわ」


 ユリアナはウインクをしてみせると、まるで綿毛でも飛ばすかのような軽い仕草で魔法を放った。

 直後、俺が掴んでいた崖縁に火花が散り、亀裂が入る。


「っ……!」


 砕けた岩と共に体が宙に浮く感覚を覚える。

 そのまま俺の体は深い闇が広がる奈落の底へと落ちてゆくのだった。

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