第28話 二人の関係性について②
俺が髪の毛を金に染めたのは、中学二年生の終わりごろだった。
当時、レオが亡くなって間もない時期で、サラは家に引きこもりがちになり、暴れることもしばしばあった。
学校へ来る日もあれば、来ない日もあって、おばさんとおじさんはどうしたらいいのかわからないといった状況だった。
俺は後悔とサラの心配で心がいっぱいで、とにかく何かしなければという衝動に駆られていた。
そんなとき、学校へ来たサラが、何故か生徒指導室に呼び出されていた。きくと、頭髪を注意されたらしい。その先生は新任で、サラが何故茶髪なのか知らない様子だった。
俺はそれを聞いて、サラが嫌な思いをできるだけしないように、自分が髪の毛を染めて注目を集めようと、心に決めたのである。
レオが生きていたら、どうなっていたのか。俺は今でも考える。
サラは笑っているだろうか。泣いていないだろうか。
そんなことばかりが、頭の中で浮かんでは消えていく。しても意味のない妄想が膨らんで、弾けてしまう。
結局のところ、俺はずっとレオのことを羨んでいるだけだ。いなくなってもなお、サラの心の中心に居続ける彼のことを。
***
俺は、真崎家から真っすぐに前原家へ向かった。
たった数分の道のりが、今は長く感じる。
前原家の前に到着すると、俺はいつもの調子で、できるだけ明るく振舞うことを決め、家の中に入った。
「こんにちはー!」
元気よく挨拶をすると、靴を脱いだ。リビングの方から音がしたので、誰かいるのだとわかって気を引き締めた。
俺は、深呼吸をしてからリビングの扉を開けた。
部屋には、ソファで寝転がりながら何かの雑誌を読んでいるサラの姿があった。
サラは俺のほうを一瞬見ると、また雑誌に目を戻そうとしたが、俺の顔を二度見するような瞳の動きをした。
「え? ……誰だお前!」
ワンテンポ遅れて、サラが叫んだ。
「何言ってるんだ? 俺だよ。俺」
「オレオレ詐欺?」
「菊地涼平だよ」
口をあんぐり開けて、サラが俺を見ていた。
俺はどうしたものかと、頭を掻いてみる。
そんな俺を見てはっとしたのか、サラは一度口を閉じた。それから、おそるおそるこう言った。
「金髪、やめたの?」
その問いに、俺はすぐには答えなかった。
その代わりに、サラの寝ころんでいるソファに近づいて、床にあぐらをかいて座った。フローリングの床は冷たく、今の俺の心には突き刺すような痛みを与えた。
「ああ。もう、いいかなって思って」
どこか吹っ切れたように言う俺を見て、サラはゆっくりと身体を起こしてソファに座り直す。
「どういう意味?」
首を傾げながらそう言うサラを、俺は真っすぐに見つめた。
今、リビングには俺とサラの二人だけがいる。
本音を話すなら今がチャンスだった。
「知ってると思うけど、俺はサラの事が好きだ」
「答えになってないんだけど」
俺はサラの疑問に、背く。
「ずっと側に。隣にいたい」
「いればいいじゃん。いるじゃん、いつも。改めて言うこと?」
「うん。俺が隣にいれば、サラは救われるなんて、そんなおこがましいことを、ずっと考えていた。俺じゃないとダメだって、勝手に思っていた。でも、違ったんだ」
「え?」
俺の言葉に、サラの薄茶色の瞳が揺れるのがわかった。
「今お前の隣には、姫ちゃんがいる。姫ちゃんがいれば、お前は大丈夫なんだ。お前が大丈夫になったら金髪をやめようって、決めてたんだ」
俺は何のためらいもなく、言葉を続ける。
「俺は、レオになりたかったんだ。レオの代わりに、なりたかったんだよ」
「何、勝手なことばかり言ってるの。あんた、バカじゃないの? レオの代わりになんて、あんたがなれるわけないじゃない」
「うん。サラはそう言うと思った。だからずっと、俺が勝手にそう思ってただけの話。だからこれで、終わりにする」
「終わりって?」
「金髪でいること。サラに毎日好きだって伝えること。こうやって、自分の家みたいに前原家に居座ること」
「なんで、そこまでするの」
「俺の役目はもう、終わったから」
「あたしのこと、諦めるってこと?」
真崎と同じ質問が、サラの口から出るとは思っていなかった。
少し驚いたが、そう思われるのも当たり前なのかもしれないと思った。
「違う。サラのことはずっと好きだから、もう俺の気持ちを一方的に押し付けるのを終わりにするんだ。だから、いつもみたいに誤魔化すんじゃなくって、ちゃんと答えがほしい。サラは俺のこと、好き?」
俺はサラの瞳をちゃんと見て、問いかけた。
サラが沈黙しても、部屋に静寂が訪れることはなく、壁掛け時計の針の音が、嫌に大きく聞こえた。
「涼平のことは、好きだよ。でもそれは、レオへの気持ちとは、違う」
すごく言葉を選んだような回答が、サラの口から零れた。
「……わかった」
俺は頷いた。
サラの答えに、俺が傷つくことはない。わかっていたことだ。サラの気持ちが、今もレオのもとにあることは。
「じゃあ、今日はもう帰るよ。またな」
俺はそう言って立ち上がり、前原家のリビングを出て行く。
廊下に出て扉を閉めると、誰かの気配がして振り向いた。
「話、聞こえてた?」
俺がそう問いかけると、その誰か。長月は、俺の姿を見て一瞬目を丸くしたが、すぐに首を横に振った。
どうやらリビングで俺とサラが話していることに気づいて、気を遣って廊下に居たらしい。
「姫ちゃん。サラのことよろしくね」
「え?」
長月は困惑した顔をしながら、俺を見ている。
「何か、あったの?」
「何もないよ」
長月の問いに、俺はそう答えた。
これはただ誰でもない、俺が勝手に告白して勝手にふられただけの話だ
。
「何もないわけ、ない。それぐらい見ればわかる」
なんてことない。長月は気を遣ってそう言ったことを、俺は頭では理解していた。していたはずなのだが。
「しつこいなぁ」
という棘のある言葉が口をついて出た。
「ご、ごめ……」
「そうやってすぐに謝ろうとするところ、直したほうがいいんじゃない」
いつもだったら、こんなこと絶対に言わない。こんなのただの八つ当たりだ。
わかっていても、刃をふるその口が止まらなかった。
「謝れば何でも許されると思わないほうがいいし、泣いたら誰かが助けてくれると思わないほうがいい」
「ご……」
「ほら、また。そんなんでサラの側にいられたら、困るんだ。もっとしっかりしろよ。自信持てよ。じゃないと、任せられないだろ」
「どうして、そんなこと言うの」
まっすぐな瞳が、俺のほうを見ていた。
今にも泣きだしそうな表情で、声も震えている。
泣きたいのはこっちだ。と俺は思う。
「菊地くんは、サラの側から離れちゃだめだよ」
「離れないよ」
「でも任せるって。よろしくって。そういう意味にきこえるの。気のせい?」
「気のせいだよ。俺はただ、手前勝手な考えを捨てるだけだ。サラを支えられる奴が、俺だけじゃないって、いい加減。俺は、理解するべきなんだ。俺だけが、サラを救えるなんてそんな自己中な考えを、捨てるんだ」
決意するようにそう言って、俺は長月の視線から外れようと玄関に向かって歩いた。
靴に足を入れたところで、背後から扉の音がするのが聞こえた。
「涼平」
とサラの声がきこえる。
「何?」
俺は、振り向きもせずに言う。
「金髪似合ってたぞ」
真崎とまったく同じセリフが飛んできて、俺は思わず笑ってしまった。
「ふっ。真崎と同じこと言うなよ」
俺は最後にそう言って、前原家を後にした。
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