第3話 一緒にお弁当を食べよう
「ねぇねぇ、あれ見て」
朝出て行く時に会ったので、俺とサラと長月の三人は成り行きで一緒に初登校した日だった。
「何あれ」
「あの子、誰。何で一緒に来てんの」
登校途中で聞こえてくるヒソヒソ声。
「つかあの子、もしかして同じクラスの」
「え? あんな子いた?」
聞こえてるんですけど、お嬢さん方。
まぁ朝これで、うちのクラスではちょっとした噂になっていた。
そらそうだ。今まで全くと言って付き合いのなかった俺達と長月が、一緒に登校する仲になってたんだもんな。
噂されても仕方がない。
「なぁなぁ、いつの間に仲良くなったの? 長月さんと」
そんなに仲良くない友達が、興味津々な目で俺に聞いてくる。
「んー、こないだ」
俺はそれだけ答えて立ち上がる。
「あ、どこいくんだよ?」
「職員室ー」
俺は嘘を吐いて上手く逃げた。
職員室何か行ったら教師に捕まるし、誰が行くか。
俺はとりあえず見つからないようにトイレに行った。
手洗い場の鏡に映る俺の顔。髪の毛は金髪で、耳にはピアス穴。
この状況で職員室になんか行ってみろ、アウトだろ。
まぁ、金髪なのには理由があるけど。
しばらく鏡を見つめていたら、携帯のバイブが鳴っているのに気づいた。
サラからのメールだった。
(「いつも通り昼は屋上に集合」)
以上。
昼、チャイムが鳴るとほぼ同時に俺は屋上へ向かう。弁当の入った鞄を持って。
「いっちばーん」
俺は優越感に浸りながら、屋上の入口の上部に登る。
ここがまた気持ちいいんだ。
俺が寝転がって空を見上げていると、誰かが来た音がしたので俺は起き上がった。
下を見ると、長月がいた。
「あれー? 姫ちゃんがいるー。やっほー、何してんのー?」
俺は上機嫌に声をかける。
人がいないと思っていたのか、すごい驚いた様子で、長月が振り向いた。
「よっと」
俺は鞄を持って入口の梯子に足を掛ける。梯子を少し降りると、地面から数㎝のところで床に飛んで着地した。
それから、俺は長月一人しかいないことに気づいた。
「あれ、サラは一緒じゃないの?」
「えと……」
俺が聞くと、長月は困った顔をした。
「真崎は売店寄ってから来るって言ってた」
「その……」
長月は言葉に詰まっているようだった。
「まぁ、一応サラにメールっと」
俺がそう言って携帯電話を取り出すと、長月はさらに困った顔を俺に見せた。
俺はその顔を一瞥して、すぐ液晶画面に目を移した。
(「姫ちゃんはもう屋上に来てるから」)
その一文を打つ俺。
まぁ、何でサラを置いて来たのかはしらないけれど、心理はなんとなくわかる気がした。
「姫ちゃんさぁ。俺らに気ぃ遣い過ぎ。そんなことしなくていーのに」
俺の想像では、きっと何か言われたのだろう。今朝のあれに関して。
だから、距離を置こうと思っている。こんなところだろうか。
「俺らは全然気にしてないから、安心してよ」
俺は長月に笑いかける。
メールを送信して、携帯を閉じると、俺は床に座り込んだ。
「先に二人で食べちゃお」
「え?」
長月が驚いた声を上げる。
「いーのいーの」
俺は他の人の前ではあんまり広げたくなかったそれを長月の目の前で広げて見せる。
長月が驚いた顔をしながら、俺が広げたシートの上にゆっくりと座る。
俺が広げたのは、床に座るためのシートと、重箱。
長月がまじまじとその重箱を見ているのが分かる。
俺はもう笑うしかない。
「あっはっは。気にしないで。俺の母、ちょっと変わった人でさー。何回言っても毎日作りすぎるの。そんで重箱に入れてくるの」
俺はそんなことを言いながら、重箱の箱を開ける。
中にはだし巻き卵やエビフライ。魚の煮物や焼きシャケ。
「これじゃ皆の前で食べられないよね。だからむしろ付き合ってもらってんのは俺の方」
こんなの教室じゃ食えないから、サラと真崎はいつも俺に付き合って屋上でお昼だ。
「俺も、あの二人に迷惑掛けてる……のかもね。ある意味で」
屋上の風が気持ちよかった。
長月の髪の毛が風になびく。
「だけど、友達ってそういうもんじゃん」
結局俺は、これが言いたかった。
「あ、あの」
長月が、口を開いた。
まともに話したのは、これが初めてかもしれない。
「ん?」
「と、友達って……。どこからどこまでが友達?」
頑張って声を出そうとしているのがわかった。
というかどういう話の流れでその質問なんだ。
「えー、何それ。難しい質問だな」
なんて言えばいいんだ。
大体友達の定義なんて、人それぞれだよな。
「きょ、今日前原さんに、ダチだって言われて。ずっと考えてたの。私と前原さんの関係って、そうなのかなって。家族には入れてもらえたけど、友達……なのかなって」
たどたどしく、長月が言う。
ああ……この子は……。
「だからか。そう思ってるから遠慮すんのね」
本当に難しい問題だけど、でも。
「そんなことサラが聞いたら、今度こそ殴られるかも」
「え」
「いや、わかんないけど」
何か馬鹿らしいけど、真剣に悩んでいるんだろう。
「サラが姫ちゃんのことダチって言ったなら、ダチなんじゃないの? 俺も、姫ちゃんとはダチ。ついでに言うと、真崎もダチだって思ってると思うよ」
こういう友達がいてもいいかなって思えてくる。
真崎にしたってそうだ。
タイプの違う人間でも、友達になろうと思えば友達になれるもんだと、俺は思っている。
「あー、総合的に何が言いたいかってーと。他の奴らにも気を使う必要はねーよってこと」
上手く伝わったかどうかはわからないけど、とりあえずまとめてみた。
そしてその直後。
「涼平、おまたせ」
「お」
何この丁度いいタイミングで来た二人。
サラと真崎が二人一緒に現れた。
「遅いし!」
「悪い」
真崎は謝ってきたが、サラは無言だった。
あのタイミングということは、聞いていやがったな二人とも。
そして、聞いていたならサラは怒っているのだろうか。
そんな俺の心配をよそに、サラは長月の隣に座る。
「勝手にどっか行くな」
「ごめんなさい」
サラは怒っていなかった。
いや、気まずくならない雰囲気を作りたかったのかもしれない。
その後は他愛のない話をしながら四人で飯を食った。
このメンバーで食うのも悪くないと、俺は思った。
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