第2話 ライバルの誕生か?

 その日の夜の事だった。

 風呂上がり、テレビを見ようと俺がリモコンに手を出しかけた瞬間だった。

 突然家の電話が鳴る。

 誰も出る人がいないので俺が出るしかない。父も母も仕事で夜は遅い。

 こんな時間に誰だと思いながら、俺は受話器を手に取る。


「はい、もしもし?」

「あ、涼平? 大変なんだ、姫がいなくなった!」

「え?」


 俺は驚いて、なんて言ったらいいかわからなかった。

 ただ、サラがすごい焦っていて、大変なことなんだってことしか理解できなかった。

 何で?

 疑問を口にするのが怖かった。

 長月姫がどういう人間か、少し考えればわかることだった。

 いつも教室の隅にいる彼女。目立たないように、顔を俯けている。

 決して日の当たる場所にでようとしない。俺や真崎。ましてやサラとは同じグループに入れるタイプの人間ではない。

 さっきだって居心地が悪そうにしていたこと。気づいていないわけではない。

 案の定だ。


「どこに行ったか、見当はつくか?」


 ちょっとだけ間をおいて、言った俺の台詞がこれ。

 いなくなったなら、探さないと。もう夜も遅いしな。


「わからない」

「自分の家に帰ろうとしてるとか」

「わからない」


 サラは、同じ言葉を繰り返すだけだった。気が動転しているのだろう。


「とにかく、落ち着け。近場から探してこう。真崎もかりだすから」

「あ、ああ。助かる。ありがとう」

「いや」


 俺は電話を切ると、早速外に飛び出した。

 そしてとりあえず真崎の家に行って事情を話して、長月を捜すのに協力してもらうことにした。


 真崎は話をきくと、落ち着いた様子で「闇雲に捜したって仕方無いんじゃないか?」と言った。

 こんなときでも冷静な真崎を、見習いたい。


「でも、わかんないって言うし」

「そうか」


 夜はもう更けていて、午後八時を回っていた。

 そんなに治安がいいほうではないので、長月が外にいるのなら早めに見つけないとなと思った。

 街灯の明りを頼りに、俺と真崎は長月を探すことにした。


「下手したら野宿かもな」


 不意に、真崎がそう呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。


「野宿か。この辺で野宿できる場所って言ったら、公園?」

「ありえなくはない」


 そんな会話をしながら、俺達は公園へ向かった。

 それしか思いつかなかったのだ。

 公園へ着くと、人影が見えた。

 しかも、二人。


「姫。帰ろ。うちに」


 長月は公園にいた。そしてサラは、俺達より先に長月を見つけていた。

 ブランコに座っている長月は、どこか淋しそうに見えた。心細そうに微かに揺らしていたブランコを両足で止める。

 俺と真崎は、サラ達から少し離れた場所で、けれど声は聞こえる場所で、二人を見守ることにした。


「い、いいの? ホントに」


 今にも泣きそうな顔をして、震えた声で、長月が言う。

 公園の街灯が、サラと長月の二人を照らしていた。


「私、前原さん達に迷惑掛けてる。私、こんなだし。本当に、あの家に居ていいの? 帰って、いいのかな」


 長月は泣かなかった。我慢しているようだった。


「姫、あたしがさ、今こうしてあんたを捜して、見つけて。あんたは何も思わないわけ? あんたが思ってるほど、あんたはあたし達に迷惑は掛けてないと思うけど」


 長月は、じっとサラを見つめていた。

 サラは怒っている。これでも優しく怒っている方だと思う。

 キレたときのサラは、そらもう手が付けられないほど暴れるからだ。


「それでもっ」


 なおも後ろ向きな言葉を告げようとした長月に向かって、サラは続ける。


「じゃぁ逆に聞くけど、あんたはいいの。うちを出て、あんた帰る場所あるわけ? ないだろ。あたしが聞きたいのは、あんたがうちに居たいか居たくないかってことだよ。どっちよ?」


 サラは痛いとこをはっきりと長月に言った。

 きっと指摘されたくないことだったと思う。帰る場所がない。詳しくはわらないけれど、理由があってサラの家に来た。

 一緒に住むってことがどういうことなのか。帰る家がないってことがどういうことなのか、少し考えればわかる。わかるけれど、あまり考えたくないことではあった。


「い、居たいです」


 しばらく間をおいて、長月が言った。

 彼女なりに勇気を振り絞ったのだと思う。震えた声は、いつもより少しだけ力がこもっていた。


「なら、帰るぞ」

「う、うん」


 長月が頷いた。

 俺と真崎は顔を見合わせる。俺はほっとした表情を見せた。


「って、あ」


 二人が帰ろうと俺達の方を向いて、その存在に気づいたらしい。サラが声を上げる。


「どうも」


 俺は右手を上げて挨拶をした。

 気まずい。


「ああ。二人ともありがとうな」


 サラが笑顔でそう言った。


「いやいや。うん、よかったよ見つかって。先に見つけてるんだもん、驚いた」


 俺はそう言うと肩をすくめる。俺と真崎は必要なかったのかもしれないと思いながら。


「あたしの力をなめるなよ」


 サラは偉そうに言うが、今回はお手柄だった。


「素直にすげぇ」と俺は無難に褒めておく。


 ふと思った。

 これ、漫画とかでよくある惚れちゃう展開なんじゃなかろうか。

 い、いや。大丈夫だよな、まさかそれはあり得ないだろう。

 あり得ない――よな?

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