第4話 いつも通りの幸せ

「涼平。お前ひとりでこんなに美味いもん食べてずりぃぞ。あたしにも分けろ」


 あの日言われた言葉を、俺はずっと忘れていない。


 いつもの屋上。いつものシート。いつも一緒に食べてくれる友達。

 もしも屋上が解放されていなかったら。もしも誰も一緒に食べてくれていなかったら。そう考えるととてもありがたく思う。


「あ、来た来た。食べようぜ」


 俺はいつも通り屋上に現れたサラと長月を見て、声をかける。


「あれ、真崎は? まだ売店?」


 もうひとりの友達が見当たらず、サラが首をかしげながら言う。


「そう。だから先に食ってようぜ」


 俺はそう言って重箱弁当を袋から取り出してシートの上に広げる。

 長月とサラも俺の横に来ると、弁当を取り出した。

 俺の弁当の量が多いのを見越して、二人はいつもおかずは少なめだ。


「姫ちゃん、俺のはどんどんつまみ食いしていいからね」


 そう言って、俺は長月の弁当の中に卵焼きを箸でつまんで入れる。


「あ、うん。ありがとう」


 戸惑いながらも、長月はそれを受け取ってくれた。


「おばさんの卵焼きは、マジで美味いぞ」


 サラが長月に向かって言う。

 長月はゆっくりと俺の渡した卵焼きを口に入れた。

 

「お、美味しいよ」

「だろ?」


 俺は嬉しくて、思わず笑顔になる。

 俺が作ったものではないけれど、それでも自分の母が作ってくれた料理を他人に褒められることが、とても嬉しかった。

 何回言われても。嬉しい。


「ジュース」

「うお!」


 突然目の前に、ビニール袋が現れたので全員驚いた。

 見上げると真崎の姿が。


「びびった。急に現れんなよな」


 文句を言うが、真崎は気にしない様子で、こう言った。


「ジュース買ってきた。何がいいか分からなかったから、とりあえずコーラとリンゴジュースとカルピス……と、お茶」


 最後のお茶だけ小さな声で言ったから、すぐにわかった。


「お茶は自分の分だよな」


 指摘すると真崎は頷く。


「その通りです」


 真崎はそう言うと、お茶だけビニール袋から取り出して、シートの上に座った。


「俺はコーラ」


 そう言って、俺は袋からコーラを取る。


「あー、じゃ姫、リンゴとカルピスどっちがいい?」

「え? えっと……。その、どっちが」

「ん?」


 長月がはっきり言わないので、サラが首を傾げている。


「さ、サラはどっちがいいの? 私は、どっちでもいいんだ」

「どっちでもいいか。あたしもどっちでもいいんだけど。姫、決めて」


 長月が、困った顔をしている。


「どっち?」


 真崎が急かす。

 俺は急かしてやんなよと思いながら、弁当を食べる。

 

「じゃ、じゃあ。リンゴで」


 慌てたように長月が言った。


「じゃ、あたしカルピス」


 サラがそう言いながら袋からリンゴジュースを取り出して、長月に手渡す。

 それからサラは自分の分を取り出して、ふたを開けた。


「何かあれだね。どっちでもいいとか言われると困る時ない?」

 

 俺はそう言って話題をふる。


「ある」と真崎が同意する。


「まぁな。でも本当にどっちでもいいしー」


 サラが言うと、「ご、ごめんなさい」と長月が謝った。

 俺が、真崎が、サラが。長月のほうを見ていた。

 そしてサラと俺は、ほぼ同時に笑った。


「ぷっ。あははっ」

「ふふふっ。別に責めてるわけじゃないよ。姫ちゃん。うん、こっちこそごめんなっ」


 俺は笑いながら言う。別に意地悪をしたかったわけではないのだが。

 長月は目を丸くしていた。

 どうして笑われているのか、本人は気づいていない様子だった。


「か、可愛いなもう」


 そう言って、サラが長月を抱き締める。

 俺はそれを見ると、即座に言った。


「あー、姫ちゃんずるい! 俺もぎゅーってして!」

「やだ!」


 サラに即答されて、俺は口をへの字にする。

 

「涼平、自重しろ」


 真崎が俺の弁当を食べながら、冷静に注意してくる。

 もう真崎は俺の弁当を頼りにしているので、自分の弁当を持って来ない。

 こういうときの真崎は動じない。もう何年も俺がこの調子だからなのか、もう慣れているらしい。

 仕方ないので、我慢する。

 が、しかし。もうそこまでの仲良しになっているのか。羨ましい。


「真崎も姫ちゃんも、何でも素直に取る時あるよな」


 すねながら、俺は言った。


「そうか?」


 と真崎。自覚はないようだ。


「あるよー?」

「俺は、ないと思うが」

「いやいや」


 俺は首を横に振る。

 確かにそういうときは、ある。素直というか真面目なんだと思う。


「真崎は人に何でも押し付けられるよな。姫ちゃんもそのタイプだし。あれ、俺たち何でつるんでいるんだ」


 俺は首をかしげる。


「お前がしつこくしてきたからだろ」


 真崎が息を吐きながら言った。


「しつこくないよー」

「いや、涼平はしつこいし、ずうずうしい」

「ちょ、何でそんな俺の株が下がるようなこと言うかなー」


 俺は必死に抗議したけれど、真崎は訂正してくれなかった。

 そのまま俺たち四人は、チャイムが鳴るまでお弁当を食べながらしゃべって、笑いあって。そういう普通の友達がするようなことをして。こんな日がいつまでも続いてほしいとそう願う。




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