第9話 菊地君を見守る会②

 次の日のお昼休みのころだった。

 いつも通り屋上へ向かおうと、重箱の入った袋を持って廊下に出た。

 サラが誰かを探しているかのように、あたりをみまわしていた。

 隣に長月の姿がなかったので、彼女を探しているのだとすぐに気づいた。


「どうしたんだ」

「あ、涼平。姫のこと見なかったか」

「見てないな」

「そうか。ありがとう。どこに行ったんだろ」


 そんな会話をしていると、真崎が階段のあるほうから歩いてきて言った。


「さっき長月さんが、数人の女子に囲まれているところを見たんだけど、大丈夫そう?」

「え?」


ほとんど同時に、俺はサラと顔を見合わせた。

真崎が言うには、校庭のほうへ歩いて行く長月さんたちとすれ違ったらしい。


「あの子、俺たち以外に友達が出来たのか」


 と俺が言うとサラの表情が険しくなる。


「ずっとあたしたちと一緒にいるのに、そんなことある?」

「わかんないだろ。そういうこともあるかもしれない」

「様子見に行ってみる?」

「一応行ってみるか」


 俺とサラは、足早に校庭へ向かう。

 一刻も早く長月のところへたどり着きたかったが、先生に怒られるといけないので廊下は早歩きして、校舎を出たところで走り出した。

 校庭に着くと、急いで長月の姿を探した。

 目立たない場所にいるのではないかと予想して、木の影や建物の角を見に、校庭の隅のほうへと走った。


「最近、菊地君の――」


 そんな声がきこえてきて、俺とサラは木の陰に隠れた。


「そ、それは」

 

 長月を発見した。数人の女子たちに囲まれている。

 言い淀む長月の姿は、明らかに怯えていた。

 

「あの女は心配ないからって油断していましたけど。あなた、菊地君に近づかないでくださる? これは警告です」


 と長月を詰めている女子が言った。


「わ――」


 長月が返事をしようとして口を開きかけた、そのときだった。

 俺が止める間もなく、サラが飛び出していった。 

 バチンという音がした。

 俺は唖然として、その場に立ち尽くす以外に何もすることが出来なかった。

 サラがその女子の頬を平手打ちした音だったからだ。


「きゃ!」


 女子は悲鳴を上げていた。


「サラ?」


 長月は目を丸くして、驚いている様子だった。


「今度また姫に手を出したら、これぐらいじゃ済まないからな。覚悟しとけよ!」


 サラが仁王立ちしながら、啖呵をきった。


「くっ」


 女子がサラを睨んでいる。

 サラの顔は負けじと怖かった。本気で怒っている。


「サラ!」


 俺は二回目がないように、みんなの前に姿をみせた。

 これはおそらくだけど、原因は俺みたいだ。


「あ、ああ」


 俺の顔を見て、明らかに動揺する女子達。


「き、菊地君」


 一番動揺していたのは、長月を詰めていたリーダーっぽい女子だった。

 何か言わなければと思い、俺は口を開く。


「ごめんね。姫ちゃんのことは何かの誤解だから」

「え! ご、誤解? あ、その」


 リーダー女子は焦ったように、顔を真っ赤にしている。


「し、失礼しました。ほら、み、みんな行くわよ!」


 リーダー女子はそう言って、他の女子達を連れて慌てて走り去って行った。


「あ。逃げちゃった」

 

 俺は、困った顔をして言った。

 もっと何か気の利いた事を言えればよかったと思った。

 もしかしたらあの子たちが、「菊地君を見守る会」だったのかもしれない。


「さぁな」


 サラは呆れた顔をしていた。

 きっとあの女の子たちはシャイなんだろう。そうに違いない。


「聞かなくても大体わかるけれど、何があった」


 サラが長月にそう聞いた。

 

「最近、菊地君と仲良いねって言われて」


 長月は少しだけ眉を寄せて言った。


「それで、近づくなって言われたのか」

「うん」


 サラの言葉に、長月は頷いた。


「つーか、さ」


 サラが怖い顔をして、いきなり俺の胸倉を掴んできた。


「わっ」

 

 俺は驚いて声を出す。


「全部お前のせいか。涼平」

「そ、それは」


 俺は否定できなかった。

 原因は明らかに俺だったからだ。


「ち、違う」

「ん?」


 長月の珍しい叫びに、サラが振り向く。


「違うの」


 長月が首を横に振っている。

 今にも泣きそうな潤んだその瞳が、責めないでと言っていた。


「ちっ」


 そんな長月の表情を見たサラが、舌打ちしながらから俺から手を離す。

 今日は何から何まで、長月に助けられてばかりだった。

 何が違うのかとか、何も違くないじゃないかとか。

 そんな風に責め立てることもなく、サラはそれ以上何もしなかった。


 ***


「何も当たってないじゃないか。今日のラッキーカラー」


 教室に戻る途中に、サラがぽつりと言った。

 俺は自分がサラにあげた花が、そういえば橙色だったなと思う。

 結局俺は、サラを幸せな気持ちにさせてあげられていないのではないか。

 そんな考えが頭をよぎる。


「ごめん」


 俺は立ち止まり言った。


「ごめん、二人とも」


 もう一度言う。

 サラと長月も立ち止まり俺のほうを見た。 


「いいよもう。あれだけ言ったんだ。あの子らも、もう手を出してこないだろう」

「それでも、ごめん」

「そうやって、あたしたちから離れていこうとされたら。哀しいんだけど」


 サラに言われて、俺は何も返す言葉がなかった。

 そんなことしたくないし、できないことをサラもわかって言っている。


「花を貰ってプラス一点。姫が怖い目にあっているのを見てマイナス一点。次は増えるといいな」


 サラはそう良いながら、再び歩き始めた。

 サラなりに俺を励ましてくれたらしい。

 俺は隣にいた長月を見る。彼女は困った顔をしていたが、暗い顔はしていなかった。




 



 



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