第8話 菊地君を見守る会①

 これは自慢ではないが、俺はモテるほうだ。

 真崎が言うには、俺には隠れファンが存在しているらしく、「菊地君を見守る会」なるものがあるという噂だ。

 もしそんなものが本当にあるのだとしても、好きにすればいいと俺は思う。

 人に好かれること自体を、嫌だとは思わない。むしろそんな人間が存在するのだろうか。

 しかし俺は別にアイドルではない。アイドルになりたいとも思わない。

 そしてたったひとり。前原サラにさえ好かれることが出来れば、他はどうでもいいのだ。


「やっぱりここにいたんだね。愛しのマイハニーサラ」


 いつもの調子で俺はサラの側に行った。


「寄るな、気持ち悪い」


 サラがそう言って、頭突きを喰らわせてきた。

 とある日、長月とサラが学校の屋上でのんびりしているところに割り込んでみた。

 放課後だ。部活はさぼりだ。

 長月が椅子に座らされいて、サラに髪の毛をいじられていた。

 彼女の艶のある黒髪は、肩までの長さがあった。

 サラの髪の毛も綺麗だが、長月の髪の毛もまた違った良さがあると思う。

 俺は雑誌の占いコーナーで、今日のラッキーカラーは橙かぁとかいう会話をしていたところを邪魔してみたのだ。


「いったーあ」


 俺は頭を手で押さえながらよろける。

 少し大げさに、痛がってみた。

 実際はそんなに痛くない。加減してくれたのだと思う。


「頭突きは初めてだよ、ハニー」

「両手が塞がっていたからな。あとハニーって呼ぶな」


 そう。サラの言う通り彼女の両手は今、長月の髪の毛を触っている。

 サラは邪魔をされて怒っている様子だった。


「あたしの半径1m以内には近づくなって、何度言ったら分かるんだよ。あたしのことは諦めろって。お前モテるんだから、あたしにこだわる必要なんてないはずだ。それにあたしには、こいつがいるし!」

「わっ」


 長月が急にサラの方に引き寄せられて、驚いている。

 サラはどうやら、長月の事が可愛くて仕方がないらしい。相当気に入られている。羨ましい限りだ。


「何で、俺よりその子の方がいいんだ」

「可愛いから」

 

 サラに即答されて、俺はむっとした。


「お、俺だって、可愛いってよく言われるし」


 思わず訳の分からないことを口走った。


「お前の可愛さと、姫の可愛さを一緒にするな」


 最近はずっとこの調子だ。

 サラにアタックを仕掛けようとしても、サラはすぐに長月の事を持ちだし、俺を軽くあしらってくる。

 拒否されるのはいいけれど、長月という存在がサラにとってどんどん重要になっていっている気がして、俺は少しだけ淋しさを感じていた。


「うー。ハニーのバカ!」

 

 俺はそう言って、その場から逃げ出した。

 後ろからサラに何か叫ばれた気がしたけれど、俺は何も聞いていないふりをした。


   ***


 今日はもう帰ろうと思い、階段を下りて昇降口まで出る。

 放課後なので、人は少なかった。

 そろそろ陽が落ちてくる時間だ。

 下駄箱から靴を出し、上履きと外履きを履き替えようとした時だった。


「あ、あの待って!」


 俺は意外な人物に呼び止められた。

 声のしたほうへ振り向くと、そこにいたのは長月だった。

 俺は目を丸くした。


「何? 姫ちゃん」


 尋ねると、長月は小さな声で「こ、これ」と言って何かを差し出してきた。


「……それ」


 俺は、さらに目を見開いた。

 彼女の手の中には、いつの間にか落としていたらしい橙色の花があった。

 道端に咲いていた種類もわからない花だった。

 綺麗だなと思って、サラにプレゼントしようとその花を摘んでおいたのだ。

 

「落していったから。サラに渡すつもりだったんでしょう」

「あ……」


 察しがいい。まさにその通りだった。俺はなんて返そうか迷っていた。

 

「私が渡してもよかったけど……でもちゃんと。ちゃんと、菊地君から。本人から渡してあげた方が、いいと思って。菊地君に、届けた方がいいと思って」


 長月が、とてもたどたどしく言った。

 やはりまだ、俺と話すのは慣れていないらしかった。

 それでも勇気を出して俺に話しかけてくれたことを、嬉しく思う。

 サラに渡すための花を、拾って届けてくれたことが嬉しかった。


 「ありがとう。姫ちゃん」


 俺は優しくそう言うと、右手を長月の頭の上に置いた。

 口角を上げて、笑顔を作る。


「さっそく、渡してくるよ」 


 俺はそう言って、風のようにその場から走り去る。

 サラのところへ行こう。

 そしてこの花を、今度こそ彼女に渡すのだ。


   ***


 俺が急いで屋上へ戻ると、サラはさっき長月が座っていた椅子に腰を下ろしていた。屋上は夕日が眩しくて、彼女の茶色い髪の毛が、金色に光って見えた。夕日に溶けてしまいそうだった。

 ああ、やっぱり綺麗な髪の毛だな。と俺は思った。


「サラ」

 

 俺が声をかけると、サラが振り向いた。


「なんだ。戻ってきたのか」

「うん。渡したいものがあって」


 俺が言うと、サラが首を傾げる。

「はい、これ」

「花?」

 

 橙色の花を渡すと、サラはそれをまじまじとみていた。


「どうしたんだ、これ」

「サラにプレゼントしようと思って、摘んできた」

「そっか。ありがとう」

「喜んでくれて嬉しいよ」

「貰えるもんは、何でも嬉しいよ」

「そっか」

「ところでこれ、なんていう名前の花?」


 サラの質問に、俺は正直に答える。


「知らない」

「知らないで摘んだのかよ」

「だって、道端に咲いてたんだもん」

「まぁ、いいけど。押し花にでもするかなー」


 とサラは言って、嬉しそうに笑ってくれた。

 俺はサラが笑顔になれるなら、何でもいいやと思う。

 ただその花の花言葉が、不穏でなければそれでいいなと、願うばかりだ。




 

   

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