第7話 二年前のこと②
俺がそれを見たのは、ある晴れた日曜日だった。
その日は丁度狙っていたゲームの発売日で、俺はそれを買いに外へ出た。
「何だよそれー。えー、ふふっ」
サラの声がして、振り向いた。
振り向いちゃいけなかった。
そこには、仲良くどこかへ出かけていくサラと、サラの家にホームステイ中の留学生。レオの姿があったのだ。
レオは流石外人という感じで、背がでかい。
サラも外人の血が半分とはいえ入っているので、背は高い方ではあったが、レオはもっとでかい。
しかもイケメン。
サラも美人なので、まさに美男美女カップルって感じだった。
俺は仲良くしゃべりながら歩いている二人の背中を寂しそうに見つめながら、そうだ友達の家に行こうと思い立った。
「帰れ」
チャイムを押して、開いた扉から出てきた友人が言った第一声。
真崎が問答無用で扉を閉めた。
「えー。ちょっと入れてよ真崎ちゃーん」
俺は扉を叩く。
「ちゃん付けするな。帰れ」
扉の向こうから、冷たい声がする。
「やだー」
俺は駄々をこねる。
「ほら、夏だし暑いし。冷房の利いた部屋で男同志暑い夏を過ごしましょうってことで」
「そんな趣味はない」
「俺もだ!」
うん、マジで暑い。汗が出てきた。
この際、真崎の家のホースで水浴びするか。
いや、そんなことしたらいつも冷静沈着な真崎でも怒るか。
なんてことを考えながら、俺は暑いので、玄関の前でうずくまる。
「真崎。俺真崎んちの子になる」
「は?」
扉の向こうで、真崎が呆れたような声を出す。
自分でも子どもみたいなことを言っている自覚はあるが、俺は構わず言う。
「家には帰りたくない」
見たくないものを見てしまうから。
「……何かあったのか?」
俺の様子がおかしいことに真崎が気づいたのか、優しい声色で尋ねてくる。
俺はじっと玄関の石畳を見つめていた。
扉が開く気配はない。
「今、サラの家に留学生がホームステイしてるの知ってるよな?」
「ああ」
「それで」
「はぁ」
興味なさげな返事。
「真崎ちゃん聞いといてその反応はないでしょう」
「俺には関係ないし」
こいつめ。
俺はため息を吐いた。
「涼平。俺から言えることは何もないが、まぁ、留学生なら何年かしたら国に帰るだろ」
まぁ、それはそうなんだけどね。
「国に帰るときにサラも一緒に行っちゃったらどうするんだちくしょー」
俺は吠えた。
「知らん」
真崎の一言に、俺はこのままじゃ拉致があかないと立ち上がる。
「もういいよ。帰る」
「おう」
引き留めてもくれない冷たい友人。
まぁ、俺的にはこういうのが一番いい。
真崎は小学5年生の時に仲良くなって以来の付き合いだ。
学校では俺とサラと真崎で一緒にいることが多い。
真面目君だから学級委員やってる。
「また明日、学校で」
「おう」
それしか言わない。
俺は真崎の家から近くのゲームショップへ歩いて行く。
どうか途中でサラとレオに出会いませんように。
そんなことを思いながら。
***
それからまたしばらくしてからだった。
「え?」
俺は驚きで声を上げる。
「だから、レオ。向こうに彼女、居るんだと」
「ちょ、待って、お前ら付き合ってるんじゃ」
「は?」
「こないだ二人で歩いてたじゃん」
「あー、あれは、レオが実家に送る日本のお土産を一緒に選びに行っただけだ」
昼休み、今日は少し様子がおかしいなと思って聞いてみたら、こんな事実が発覚した。
「そ、そうなのか」
「そう。で、しかも、実家のお母さんが倒れたらしい」
「え」
俺は嫌な予感を覚えた。
「うん、気になるから帰国するって」
帰国……。
これは素直に喜んだほうがいいのだろうか。
「そうなんだ。お母さん、大丈夫だといいな」
「どうだろう。かなり、悪いみたいで」
「それは、心配だな」
サラはへこんでいるようだった。
それはレオに彼女がいたことがショックだったのか、レオが実家に帰ることが残念なのか、俺にはどちらか分からない。
「週末だってさ」
「そうか」
らしくない。
非常にらしくない。
らしくないけどでも、なんて言ったらいいのか俺には分からない。
分からないまま時間だけが過ぎて、放課後、さぼり気味の部活が終わって家に着くと、サラの家の前に大きな旅行カバンを持った背の高い人影を見た。
「あれ……」
俺が呟くと、その背の高い人影、レオが俺の方に気づいた。
「あ、君は隣の」
「どうも」
俺は軽く頭を下げる。
「いつもサラちゃんから話は聞いていて、一度話がしたいと思っていたのですよ」
印象、でかい、日本語が上手い。おばさんより上手いんじゃないのか。これは。
というか、本当に話をしたことがなかったんだっけ。レオと。
「俺もよく聞いていました」
「そうですか」
「はい」
気まずい。
というか、あの荷物は何だ?
「どっか、行くんですか?」
俺は聞いてみる。
「ああ。一時帰国デスヨ。ママの体の調子が良くないみたいで。心配です」
「え、もう? もう行くんですか」
「ええ」
サラって確か、俺が終わったときまだ部活終わってなかったような気がする。
まだ家に帰ってきてないと思うから、レオが帰ろうとしてること知らないよな。
「あ、あの! もうちょっと待っていてくれませんか」
「待つ? なぜ」
「え、や、その。サラももうすぐ帰ってくると思うんで」
「また戻ってくるし、別れの挨拶などはしても……」
「それでも、それでもっ」
何を、やっているんだ俺は。
レオの言うとおり、すぐまた戻ってくるのに。
別れの挨拶なんかどっちでもいいはずなのに。
なのに何引き留めてるんだ、俺。
「君は、サラちゃんのことを大事に思っているのですね」
突然、レオがそんなことを言う。
「え。まぁ、幼馴染ですから」
「ボクにもね、大事な人が、向こうにいるのです。早く行ってやりたいキモチでいっぱいなのです」
「あ、はい」
やっぱり引き留めるんじゃなかった。
「サラちゃんのこと、もっともっと大事にしてあげてくださいね。これからも。約束してくれます?」
「はい……。もちろんです」
「なら、よかったです」
レオが微笑む。
その顔は、不安が混じっていたけれど、当然だった。
「引き留めてしまってすみませんでした」
俺が謝ると、尚も微笑んでレオは俺の前から姿を消した。
俺がレオと会ったのは、それが最初で最後だった。
レオはその日、イギリスへ向かう途中の飛行機で、事故にあって死んだ。
「サラ!」
朝のニュースを見て寝る用のジャージのまま、俺はサラの元へ向かった。
中庭からサラの家の敷地内に侵入して、呆然となった。
あの時のレオの声がこだまする。
「サラちゃんのこと、もっともっと大事にしてあげてくださいね。これからも。約束してくれます?」
広いキッチンのでかいテレビの前で、泣き崩れているサラの姿。
「ざけんなよ、ちくしょう」
俺は呟いた。
憎しみをこめて呟いた。
何やってんだよ。何死んでんだよ。何泣かしてんだよ。
お前の母親も、恋人も、皆泣いてるぞ。レオ。
お前のこと大切に思ってたやつも。
悲惨な事故ですましてんじゃねぇぞ。
俺はしばらくその場から動けなかった。
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