第6話 二年前のこと①
「大丈夫なの?」
「ん? 何が」
俺が色々心配して聞いてやってんのに、幼馴染は呑気に辞書と睨めっこしていた。
中学二年生、夏。
俺の幼馴染こと前原サラは、肩まで伸ばした茶色い髪の毛を頭の後ろで結んでいた。
放課後、俺達は宿題を忘れたので居残りをさせられていた。
教室での俺の席が一番後ろなので、サラは前の席の机と椅子を借りている。向かい合わせに二つの机をくっつけている状態だ。
教科書とノートを机に広げている。実質二人っきりってやつだったけれど、俺は真面目に国語の問題を解いていた。
「いや、そのぉ。家にさ、居るんでしょ? 留学生の、ポールだっけ」
「ポールって誰だよ。レオだよ。レオ。だから?」
俺との話より、辞書との睨めっこが大事だと言いたげなサラ。
「だからその。言い寄られてたり、しない?」
俺は顔をしかめていた。
「するわけないだろ。お前じゃあるまいし」
「ちょっ」
俺は思わず椅子から立ち上がって、否定しそうになった。
そんなことをしたことは一度もない。
「大丈夫だよ。紳士だし」
言いながら、サラは辞書のページをめくった。
「そんなのわからないだろ」
「わかるんだよ」
俺の言葉に、サラは強く否定した。
顔をほのかに赤らめて。
サラのそんな表情を見たのは初めてだった。
俺は思わず目を見開いた。
「ま、まじかよ」
「何だよ。何か文句あるのか」
こういう時、勘がいいのも困りものだ。
あの暴力強暴女が、まさか恋をしたのか?
そう思って、俺はきいた。
「あいつのこと、好きなのか?」
「だから何?」
サラは、否定も肯定もしない。
こんなの認めたも同然だった。
サラは、恋をしている。しかも、自分の家に来ているイギリスからの留学生、レオに。
「ありえねー」
俺は思わず呟く。
信じられなかった。いや、信じたくなかった。
「殴っていい?」
そう言って、サラは今の今まで何かを調べていた辞書を閉じて、それを右手で持ち上げた。今にも飛んできそうだ。
「ちょ、それはやめて! お願いだから辞書の角とかやめて。せめてぐーで。いや、ぱー」
俺は必死に止める。
辞書の角で殴られたらかなり痛そう。
「冗談だよ」
俺の思いが届いたのか、サラがため息を吐きながら辞書を机の上に置く。
「サラさぁ、もうちょっと女らしくしてみたら? そうやってすぐ暴力振るおうとするのやめてさ」
俺が言うと、サラは少し気分を害したようだ。
むっとした表情になる。
いや、俺は正論を言ったまでだ。悪気があったわけではない。
「お前には関係ないだろ」
「ほら、その言葉遣いも」
俺が指摘すると、ますます不機嫌そうな顔をする。
「あんただって、もっと男らしくしたら? 顔はいいんだからさ」
サラが言い返してきた。
「俺はだって……」
「だって?」
言いかけて、言葉に詰まった。
しかしこれ、言っていいものかどうか迷う。
俺が言い淀んでいると、サラが首をかしげてこっちを見た。
「何? 言えよ」
促されて、俺は意を決して言うことにした。
「いや、その。うん、告白された」
「は?」
ほら。案の定、サラは驚き顔だ。
俺は思い出しながら言う。
「昨日の放課後、告白された。呼び出されて。後輩に。委員会で一緒の子」
サラが信じられないという顔をしている。
ああそうだろうよ。俺も最初そうだったんだから。
「……で、で?」
興味津々という顔をして、サラが話の続きを催促してくる。
「勿論、断りましたよ」
俺は丁寧にそう言った。
「何でだよ!」
「何でだよって何でだよ!」
サラの反応に俺は思わず言う。
これは俺も予想外の展開だった。
「あーいや。他に好きな子でもいんの?」
「知ってるくせに」
「知らねぇよ」
嘘だ。
本当は知っている。
でもサラは言わなかった。いや、言えなかった。
俺がずっと片思いしてるだけだって知っているから。痛いほど。
「でもさ、涼平って意外にモテるんだな」
「みたいだね」
「何でそんなに他人行儀なんだよ。自分のことなのに」
「実感ねーもん」
「そうか」
俺は頷いた。
実際、女の子に告白されたのなんて、昨日が初めてで、どうやって断ろうとか考えて、結局。
「ごめんなさい。他に好きな子がいるんです」
という、何の変哲もないテンプレートな返答をしてしまったのだから。
いやでも、それが事実なんだから別にいいのだが。何と言うかもっとカッコいい台詞というかやんわり相手を傷つけないような断り方をしたかったのだけれど。
「難しいなぁ」
俺は思わず呟いた。
告白って。人に気持ちを伝えることって。本当に難しいから。そのことを知っているから。あの子を傷つけたくはなかったけれど。
また辞書と睨めっこをし始めたサラのことを見る。
俺がいつからサラのことを好きになったのか。自分でもわからない。
でもいつの間にか。気づいたら。そうなっていた。
好きな人が自分の事を好きだったらどんなに良かったか。
そうか。サラはあのレオが好きなのか。
そう理解して、俺はため息をつきたくなった。
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