第25話 この夏のお祭りにて③

 一時間近くが経とうとしていた頃、ようやくサラから連絡があった。

 夕方から夜へ。辺りはいっそう暗くなっていた。

 長月姫は見つかったが、体調が悪そうなのでそのまま彼女を連れて先に家に帰るという内容の電話だった。

 真崎にも連絡はしたため、そのうちにこっちに帰ってくるらしい。


「よかった」


 ほっとしたのもつかの間。真崎が目の前を歩く人ごみをかき分けて、戻ってきた。なにかに追われるような表情で帰ってきた彼は、息を切らしていた。


「真崎、おかえ――」


 俺が声をかけようとしたときだった。


「店長!」


 と叫ぶように、真崎が言った。

 木本店長は驚いたのか、目を見開いた。その澄んだ瞳が揺れるのを、俺は見た。


「真崎君?」


 真崎らしからぬ声量に、木本店長も俺も驚いていた。

 店でならともかくも、普段はあまり大きな声を出さないタイプなのだから仕方ない。

 首を傾げている木本店長の目の前で、真崎はしばらく立ち尽くしていた。じっと地面を見つめている。

 長月は見つかったらしいのに、 今度は一体何があったというのだろうか。

 しばらく黙っていた真崎は、ゆっくりと顔を上げて木本店長を真っすぐに見つめてこう言った。


「俺は、店長の事が好きでした」


 その言葉は、音楽や祭り客の声に混ざって、消えてしまいそうだった。

 けれど水の中で混ざらない油のように、俺の耳にははっきりと届いた。

 真崎に、どんな心境の変化があったのかはわからない。でも、一つだけ確かなことがあった。


(過去形なんだ……)


 俺はそう思いながら、木本店長の顔を見る。どうやら彼女の耳にも、ちゃんと聴こえていたらしい。


「真崎君。ありがとう。ごめんね」


 木本店長は、とてもやさしい声で、そう言った。

 その表情は灯りの少ない場所でも、明瞭にわかる。彼女は、眉をハの字にしていた。


「はい」


 真崎は、それ以上何も言わなかった。

 木本店長を困らせることなど、初めからわかっている。だからこそ自分の本当の気持ちを、真崎は今まで言えなかったのだと思う。そこでようやく俺は、今日どうして真崎の様子がおかしかったのかその理由がわかった。真崎は今日、この日。店長に告白することを心に決めていたのかもしれない。

 彼は目を閉じて、心を落ち着かせるようにゆっくりと息を整えていた。

 婚約者さんは木本店長の後ろに立ち、そっと肩を支えている。それに気づいた彼女は、大丈夫と言いたそうに、肩に置かれた彼の手にそっと触れた。

 俺は、真崎に対して何か声をかけるべきだろうかと悩んでいた。でもそんなことを、真崎が求めているような気はしない。俺は真崎の友人として、その一部始終を見守ることしかできなかった。


 その後は、 サラがみんなで楽しんできてね。と言っていたので、露店でたこ焼きを買ってわけあって食べたり、猫のお面を買ったりした。

 気まずくなってしまうかと俺は気をもんでいたが、木本店長が気を遣ってくれたのか普通にお祭りを楽しめるようにふるまってくれた。

 お土産に何を買おうかと思っていると、真崎がキャラクターカステラでいいんじゃないかと言ったので、それを買った。

 祭りの喧騒から離れると、俺と真崎は木本店長と婚約者さんと別れて、真崎の家まで歩くことにする。

 手を振って二人と別れたその道中、俺と真崎はしばらく無言で歩き続けていた。

 何かを話すべきなのだろうかと長考していたら、深く長いため息をついたあと、真崎がぽつりと「やっと、言えた」とつぶやいた。

 俺は歩く足をとめて、真崎に問いかける。


「気持ちの整理は、できたのか?」


 真崎も立ち止まり、俺のほうを見た。

 彼の表情は硬いままだったが、それでも何かすっきりしたような顔をしている気がした。


「ああ。今日、ちゃんと言うって決めてたから。でも、あんな状況になるとは思っていなかった」

「姫ちゃんのこと、好きなのか」

「まだわからない」

「そうか」

「これから、考える」


 真崎の答えを聞き、俺は満足したように一度口を閉じ、それから彼の名前をフルネームで呼ぶ。


「真崎琢磨」

「なんだ」

「よく頑張ったな」


 俺が褒めると、真崎が微かに笑ったような気がした。あの表情の筋肉がいつも死んでいる彼に限ってそんなことはあり得ないと思うので、そうであってほしいという俺の願望だったのかもしれない。

 真崎の今の心情がわかるのは、きっと俺だけだと思う。

 針で刺されたように、胸が痛む。わかっていたことだ。覚悟していたことだ。それでも、心が悲鳴をあげていた。

 衝動に駆られて、俺は走り出す。


「あ、おい」


 真崎の驚いたような声が、後ろからきこえた。


「先に家に着いたほうが勝ちな!」


 俺は走りながら、叫ぶ。


「意味がわからねえ」


 真崎の文句が聞こえたが、俺は気にせず走った。

 手に持った土産の袋ががさがさと音を立てている。中身が飛び跳ねて、小さなカステラ同士がぶつかっているのかもしれない。俺は気にせず走った。


(いいんだ。これで)


 後ろから真崎が追いかけてくる。

 ばれないように、汗をぬぐうふりをして目元を腕で擦った。

 きっとどんなに傷ついても俺の前では泣かないであろう親友の代わりに、俺は涙を流していた。 

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大好きな幼馴染の家には居候がいる 黒宮涼 @kr_andante

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