第24話 この夏のお祭りにて②

「長月姫が迷子だ」


 そのことに最初に気が付いたのは、真崎だった。

 彼女の隣を歩いていたのが彼だから、当然だ。

 

「姫……?」


 サラの口から、不安そうな声が漏れた。

 とりあえず川のような人の流れから脱出し、俺たちは道の端に集まる。


「いつからだ?」

 

 俺の質問に、真崎は首を横に振った。


「わからない」

「あら、だめじゃない。ちゃんと手を繋いでいないと。はぐれないようにって言ったのに」


 木本店長の言葉に、真崎は顔をしかめた。

 真崎にはまだ、店長に対する複雑な思いがあるのだろう。

 そして偽の恋人とはいえ、真崎にはまだ長月と手を繋ぐ勇気がなかったのだと俺は推測した。


「あたし、探してくる!」


 サラが今にも飛び出しそうな感じで言うので、俺は慌てて「待て、サラ」と呼び止める。


「落ち着いて。まずは姫ちゃんの携帯に電話だ」

「あ、そっか。この間買ったんだっけ」


 俺が言うと、サラは思い出したように言った。

 先日の一件で、長月の姉の喜咲さんが、両親に頼んで長月に携帯電話を買ってくれたのだ。

 長月のことで急に口を出してきた喜咲さんに、両親は大変戸惑っている様子だった。長月姫がまた前原家で暮らせるようになったのも、前原のおじさんと喜咲さんの説得があってこそだった。

 俺は、母親が押しかけてくるのではと内心びくびくしていたが、そんなことはなく。夏休みの間だけという期間限定ながら、長月は前原家で安心して過ごしている。

 だから彼女は今、携帯電話を所持しているはずだ。それが繋がればいくらか安心できる。居場所を教えてくれたら迎えに行けるはずだった。


「だめだ。でねぇ」


  落胆するようにサラが言った。

 項垂れた彼女の右手には、開かれた黒い折りたたみ携帯がある。

 携帯電話を持ち始めたとは言っても、三日前の話だ。長月が携帯を使いこなせているはずがなかった。おそらく長月は電話に出る方法を理解していないのだろうと、俺たちは結論づけた。


「真崎! てめぇ何で、ちゃんと見ておかなかったんだよ!」

 

 責めるようなサラの物言いに、真崎は「すまない」と一言だけ呟くと、黙ってしまった。

 サラの乱暴な言葉遣いに、木本店長たちが引いていないといいなと思いつつ、俺は真崎に視線を向ける。

 どうして。と俺は思ったが、真崎の様子がおかしいことに気づいた。

 原因は、目の前に好きな人とその婚約者が目の前にいること。ではないように思えた。


「もういい! やっぱりあたし、姫を探してくる」

「俺も探す」

 

 サラに続いてそう言うと、何故か真崎にとめられた。


「いや、涼平はここにいてくれ。店長たちと一緒に。俺とサラが探してくる」


 その顔が真剣だったものだから、俺は戸惑う。


「わ、わかった」


 歯切れの悪い返事をして、俺は木本店長とその婚約者の人と共に、人込みの中に消えていくサラと真崎を見送った。二人は二手に分かれて捜索することにしたみたいだった。


「何かあれば、すぐに連絡する」


 というサラの言葉を信じて、俺たちは待つことしかできない。


「真崎君に、悪いことしちゃったのかな」

「え?」


 サラと真崎が完全に見えなくなってしまってから、木本店長が唐突にそんなことを言った。

 俺は思わず彼女のほうに視線を向ける。

 木本店長は傍にある木にもたれかかり、眉をひそめていた。


「本当はね、知っているのよ。真崎君と長月さんが、恋人じゃないって」

 

 衝撃的な事実に、俺は目を見開く。


「いつからですか」


 と思わず尋ねた。


「遊園地で会ったあの日から、ずっとよ」


 木本店長は、そう言って俺のほうを見てほほ笑んだ。


「あの日。最初は本当に真崎君に恋人ができたのかと思って、凄く喜んだの。けれど、二人の様子がおかしいことにすぐに気づいたわ。真崎君は長月さんと付き合っていることを否定しなかった。それをいいことに、私は、真崎くんに二人が付き合っていることを押し付けたの。彼の本当の気持ちを、知っているくせにね」

「店長さん……」


 木本店長の婚約者さんは、彼女の隣で静かに彼女を見守るように、立っていた。彼もおそらく、知っているのだろう。


「彼は自分の気持ちを伝えてくれなかった。何も言わなかった。……いいえ。何も言わせなかったのは、私ね。私は、彼を傷つけるのが怖かった。だから、本当のことを知るのを避け続けた。酷い女ね……」

「そんなことは」

「ないなんて言わなくてもいいのよ。あなたは、優しいのね。あなたみたいな人が真崎君の親友で良かった」


 彼女の言葉に込められた『親友』という言葉の意味が、俺にはとても重く感じた。俺は真崎にとってその言葉にふさわしい存在なのだろうか。あいつと友達になって何年も経つが、彼の口からその言葉を直接聞いたことがない。真崎が本当は、俺のことをどう思っているのかも知らないのだ。


「真崎は無口で、何を考えているのかわからないのによく気づきましたね。あいつの気持ちに」

「あらそう? 案外わかりやすいのよ。彼」


 木本店長は、そう言ってくすりと笑う。

 俺は思わぬタイミングで彼女の本心を聞いてしまい、少しだけ真崎に対して悪いと思った。


「それにあなたと、サラさんも……」

「お見通しですか」


 俺は困った顔をした。


「そんなに演技ヘタかなあ」


 俺が言うと、木本店長は笑った。


「ねえ、どう思う?」


 木本店長が、婚約者さんに問う。

 彼は優しく微笑むと、「でも気持ちは伝わった」と言った。

 俺はなんだか恥ずかしくなって、彼から視線を逸らした。


「とにかく、彼らを信じて待とうか」


 木本店長の婚約者さんが、呟くようにそう言った。

 木と電信柱の間を、提灯の飾が等間隔で並んでいる。中に入っている小さな電球の明かりが仄かに見える。繋ぐように飾られていた提灯は、夏の生暖かい風に揺れていた。

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