第四章
第23話 この夏のお祭りにて①
「halo!」
外国人の女性が、前原サラに話しかけている。
一緒に歩いていた金髪の俺より、日本人離れした顔だちで、茶の髪色をしたサラのほうが、やはり話しかけやすいのだろう。
サラがこうして外国人に話しかけられている姿を見るのは、珍しいことではない。しかし、当の本人は毎回、すごく嫌な顔をする。
「あいむ、じゃぱにーず! のー、いんぐりっしゅ!」
怒ったようにそう言うと、サラは話しかけてきた外国人に対して威嚇するような表情で「ごー、ほーむ!」と叫んだ。
外国人は困った顔をしながら、逃げていった。
「もっと優しく言えばいいのに」
俺が言うと、サラはこっちを見て言った。
「優しくしたら、あの人ら、もっと話しかけてくるんだよ。困るんだってこっちは。英語できないんだっつーの」
「なんで、できないんだ? おばさんと会話するとき、わからない言葉があったら、どうしてるんだ」
「わからない言葉なんて、ジェスチャーでなんとかしているし。日常会話は基本的に、全部日本語なの。知っているだろ」
「今日は、知らない人もいるから」
俺はそう言うと、目の前でびっくりした顔をしている花屋の店長こと、
木本茉莉とその婚約者に視線を送った。
今日は、トリプルデートの日だ。
面子は予定していたとおり店長カップルと、真崎と長月の偽物カップルと、俺とサラの偽物カップルの三組。
地元の夏祭りで、そこそこ人が多かった。
浴衣姿の女性とすれ違うたびに、サラも着てくれたらよかったのになあと思う。彼女はいつもの見慣れたジーンズ姿に、キャップの帽子をかぶっていた。
長月も浴衣ではなく、フリルのついた水色のシャツに、灰色の長いスカートを履いている。
二人とも歩きやすそうな、白のスニーカーだ。
「今日は、びっくりすることたくさんね。サラさんが、真崎くんのお友達だったのもびっくりしたわ」
木本店長がそう言って、ほほ笑んでいる。
彼女はふわふわとした黄緑色のワンピースに身を包み、つばの大きな白い帽子をかぶっていた。
「どういうことですか」
俺の質問に、木本店長は答えた。
「サラさんは、毎月13日に、うちにお花を買いに来てくれるのよ。だから、顔見知りなの」
「毎月13日?」
俺が首をかしげていると、真崎が「月命日」と呟いた。
俺はとても重要なことに気づき、目を見開く。
「そうか……レオの」
俺は呟きながら、隣にいるサラに視線を向ける。
サラは、近くにあるいちご飴の屋台のほうを見ていた。
「そういうのは、おばさんがやっているのだとばかり思ってた」
俺が言うと、サラはやっとこっちを向いた。
「一度頼まれて、そのまま続いてるだけ」
サラはそう言ってから、また屋台のほうへと興味をうつした。
「あら。言わないほうがよかった?」
心配そうに、木本店長が顔をしかめている。
俺は、「大丈夫ですよ」と笑顔で言う。
「あっち、行こうか」
木本店長の婚約者が、そう言って彼女の手をとった。
店長は慌てて婚約者と一緒に歩きだす。
「みんなも、はぐれないようにね」
店長は振り返ると、俺たちに向かってそう言った。
俺は真崎のほうを一瞥する。
真崎は、ほんの一瞬だけ硬直し、それから長月のほうを向く。
目の前を知らない誰かが横切ったので、俺からは、真崎の表情が見えなかった。彼が笑顔でないことだけが、俺にはわかった。
「何、ぼーっとしてんの」
ふと気づくと、サラがこっちを見ていた。
「はぐれんぞ」
「はぐれないように、手でも繋ごうか」
冗談交じりに、俺は笑いながら言う。
「はあ?」
「もー、照れるなって」
大き目の声で言うと、サラに睨まれた。
「……スミマセン」
俺は、声を押さえて謝った。
うん、調子乗ったのは事実だけど。でも、せっかく恋人を演じるならやっぱ手を繋ぎたいだろ。
俺はそう思いながら、トリプルデート、偽の恋人。の件で、今日のことを散々怒られたことを思い出していた。
長月が前原家に戻ってきたことに浮かれていたので、トリプルデートの件をさらっと伝えたら、サラが丸めた紙くずをいっぱい投げてきたのだ。
「あんたと、偽の恋人を演じるなんて冗談じゃない!」
と叫び散らかした。
最終的にどうなったのかと言うと、
「真崎と姫ちゃんのこと、近くで、不自然じゃなく、見守れるだろ!」
という俺の説得が成功した。
正直なところ、俺としてはサラと一緒に遊びに行けるなら、なんでもよかった。ただ、大好きなサラと一緒にもっと楽しいことをしたい。ずっとそばにいたい。それだけだった。
「まあ、今日はお前のおごりだからな」
「俺、おこづかい少ないんだけどな」
「なあに、食べよっかなー」
「ねえ、聞いてる?」
サラは並んでいる屋台に目移りしながらも、俺の隣を一緒に歩いてくれている。
俺は自分の手のひらを見つめた。子どものころは、親に言われて、はぐれないように手を繋いでいた記憶がある。
一瞬だけ、あの頃にもどりたいと思った。
今は無理でも、いつかきっとまたサラと手を繋ぐことができたら、俺はもう絶対に離したくない。
前を歩く長月が、ときおりサラのほうをみていることに気づいた。長月。今日だけは俺がサラの隣にいることを許してほしい。彼女に、俺は心の中で謝った。
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