第14話 ニセモノとホンモノ
偽物の恋人と言っても、真崎と長月の二人は、特に何か変わったかと言えばそんなことはなかった。
今までどおり、普通にお昼にみんなで集まってお弁当を食べるし、帰りも真崎はさっさとひとりで帰り、長月はサラと一緒に帰る。
俺たちは当たり前に四人でいた。
本当に必要な時だけ、偽の恋人を演じるつもりみたいだった。
そうこうしているうちに、季節は夏になり、テスト期間に入っていた。
もうすぐ夏休みだ。長月姫が前原家に来て、
あっという間だったなと俺は思う。
彼女が前原の家に世話になっている理由を、俺は未だに知らなかった。俺が知らないのだから、真崎も知らないと思う。
そう。真崎はきっと俺以上に、長月の事を知らないと思う。
そんな彼に、俺はある提案をしてみた。
「交換ノート?」
真崎は目を丸くして、俺の言葉を繰り返し言った。
俺は今日、真崎の家に遊びに来ていた。いや、最初は一緒にテスト勉強をするつもりでノートを開いていたのだが、飽きたので俺は漫画を読み始めてしまった。
本棚に漫画を置いておく真崎のせいにしながら、俺は木製のローテーブルの向こう側で、今もノートと教科書を開いて勉強している、彼のほうを見ていた。
俺が話しかけたら返事をしてくれた彼は、顔を上げて俺のほうを見ていた。
「そうそう。偽物とはいえ、一応恋人を演じるんだから、相手の事を知っておかないとダメだろう。それにお前も姫ちゃんも、おしゃべりが得意じゃないだろうから、文字でやりとりするんだ」
俺は漫画を読んでいて、たった今思いついたことを言う。
ラブコメ漫画だった。真崎もこんな漫画を読むのかと思う。そのシリーズだけ、巻数が少なかった。他の少年漫画は、シリーズが長く、本棚の半分を占めていた。
こんな部屋で、集中できるのかと思うが、真崎の成績は上から数えたほうが早かった。
「お前の言おうとしていることはわかるが、それならメールで良くないか」
真崎が顔をしかめながら言った。
「ダメだ。お前は知らないだろうけれど、あの子、携帯電話を持っていないんだよ」
「そうなのか」
真崎が驚いたように言うが、それほど驚いているようにも見えなかった。
まぁ、そうだろうな。とでも続きそうな表情だった。
彼女の事情を知らないまでも、これまでの彼女の様子からして容易に想像できていたのだろう。
しかし今時、携帯電話を持っていない高校生ほど、珍しい存在はいない。
中学生でも持っている人は、持っているのではないだろうか。
なんにせよ、まだ学生の俺たちの携帯電話の契約をするのは親だろう。親子仲がうまくいっていないと携帯電話を持たせてくれないだろうことは、安易に予想がつく。
「どうしても、交換ノートをやらないとダメか」
困った顔をして真崎が言った。
「嫌なのか」
「嫌ってわけじゃない。ただ面倒だなと思って」
真崎はそう言いながら、頭を掻いた。
「なら、なんで偽物の恋人なんかやろうと思ったんだよ。嫌なら、すぐ別れましたっていえばいい。嘘を吐く必要なんかないだろう」
俺は核心をついてみる。
正直。嘘でも何でも、このまま長月が真崎と付き合えば俺にとって都合がいいと思う反面、長月の気持ちはどうなるのだろうという考えが、頭の中でぶつかり合っていた。
真崎は持っていたシャープペンを机の上に置く。
「前も言ったが、なりゆきでそういうことになってしまった。あの人を安心させたかったのと、嘘が本物になればいいなと思って」
真崎の言葉に、俺は首を傾げる。
「どういうことだ?」
「店長以外の、別の人を好きになれたらいいと思ったから」
それが、嘘偽りのない、真崎の本当の気持ちだということが俺にはわかる。
わかってしまうがゆえに、俺はこれ以上、こいつに傷ついてほしくないという気持ちがわいてきた。
「真崎」
言おうかどうしようか迷った。
だけれど、長月と。真崎を天秤にかけたら当然のように付き合いの長いほうに傾いてしまう。
「なんだ」
「姫ちゃんには、好きな人がいるんだ」
「そうか」
眉をひそめながら言う俺に、真崎は淡白な言葉で返してくる。
「俺は、それが誰かも知っている」
「そうか」
会話はそこで終わった。それが誰なのか、真崎は聞いてこなかった。
俺は結局、そこでサラの名前を出すことはなかった。気軽に人の好きな人を、誰かに話してしまうわけにはいかないと思った。
それでも彼女に悪いと思うのは、好きな人がいるということを、真崎に話してしまった事だ。
あとで謝ろう。と俺は思いながら、読みかけだった漫画に視線を戻す。
真崎もいつの間にか、勉強に戻っていた。
漫画は途中で終わっていた。続きはないのかと探したが、どうやらないらしい。次巻の予告が載っていたため、続刊が出ていないわけではないと思う。
真崎が続きを買わなかったのだろう。途中で買うのをやめたのは、実らない恋をやめたかったからではないかと、俺は勝手に思った。
それでも俺は、真崎には俺と同じように後悔してほしくないと思う。
ただの我儘かも知れないが。
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