第13話 ホンモノとニセモノ
トイレに行ったはずの彼女は、何故か真崎と二人で帰ってきた。
二人が何を話していたのか、俺と長月は知らない。二人には特に何も聞かなかった。おそらく俺の話をしていただろうから。
そしてそれどころではなかった。
長月から衝撃の告白を聞いてしまったからだ。
長月姫は、前原サラのことが好きらしい。
人が人を好きになることに、良いも悪いもない。
とにかく俺には、長月という恋のライバルが誕生していたのである。
「それはだめだ。絶対にだめだ!」
サラが突然、叫んだ。
俺は驚いて、まだ何か真崎と揉めている彼女のほうをみた。
俺と長月は二人の前を歩いていたため、二人とも立ち止まって振り返っていた。
遊園地から帰る流れになっていたはずの雰囲気が、その叫び声でがらっと変わった気がした。
「仕方がない。向うが勝手に勘違いしているんだ」
ため息交じりに、真崎が言った。
「だからって、それを逆手にとって嘘を吐くなんてありえない。第一、姫には許可をとったのかよ」
サラはすごい剣幕で怒っていた。
「いや。これからとる」
「はぁ?」
何の話をしているのか、俺にはわからなかった。隣にいる長月も同じ気持ちだったと思う。
「その前に、お前に許可をとろうと思って」
「何で?」
サラが首を傾げている。
首を傾げたいのは、こっちのほうだった。
「何の話をしているんだ?」
俺と長月も首を傾げていると、真崎が言う。
「長月さんに、俺の恋人のふりをしてもらうって話」
あまりにも予想外の言葉すぎて、俺は一瞬フリーズした。
「え?」
ほとんど同時に、俺と長月が声を上げた。
「仕方がない。店長が勝手にそう勘違いした。長月さん、一緒にいたから知っているよね」
「あ、うん」
真崎の言葉に、長月がぎこちなく頷く。
「否定しなかったのか?」
俺は真崎を、問い詰める。
「したけど、聞く耳を持たなかったっていうか。否定するのも面倒になったっていうか。そういうことになってた」
サラが頭を抱えていた。
「何でそんなことに」
大きなため息が聞こえてくる。
「嫌だったら断ってもいい。もう一度否定してみる」
真崎が、まっすぐに長月のほうをみて言った。
彼女が押しに弱いことを、この場の全員が知っていた。けれど、これは本人が決めなくてはいけない事だった。それをわかっていたから、サラも長月の返答があるまで黙ったのだと思う。
長月は困った顔をしていた。当たり前だ。先ほど長月は俺に、勇気を出してカミングアウトしたばかりだ。好きな人がいるのに、嘘とはいえ別の人の恋人になるなど、本当はしたくないに決まっている。
――けれど。
「やっても、いい。少しの間だけ」
長月は、断らなかった。
これが彼女の優しさだとか言うなら、今すぐそれを否定したかった。
「姫ちゃんは、それでいいの」
俺の問いに、長月は小さく頷いた。
もしかしたら何か、理由があるのかもしれない。俺はなんとなくそう思った。
店長に会ったのは、真崎と長月だけだ。どんな会話をしたのか具体的なことは、俺は何も知らない。サラだってそうだった。
「あたしは反対だけど、姫が良いならそれでいいよ」
とサラが言う。諦めたらしい。
「ありがとう。本当に少しの間、やるだけだから。というか、何かの時に隣にいてくれるだけでいい」
真崎はそう言いながら、長月に向かって右手を差し出した。
「身構えなくていいよ。これは、これからよろしくの握手」
真崎が無表情のまま言った。
そこに感情はないようにみえる。いや、実はあるのかもしれない。何せ真崎という男は、すべてにおいてわかりにくい男だったからだ。
哀しいとか嬉しいとか。そういうものが表情にでない。だから真崎が店長のことを好きだと知ったとき、俺とサラはテストで百点を取ったときのような驚きと、喜びを感じたのだ。
真崎も人を好きになることがあるのだと。そういう普通の人間だったのかと。とても失礼なことを、思っていた。
「あ、うん」
長月は目を丸くしてから、ゆっくりとその手に答えた。
彼女の小さくて細い手が、真崎の角ばった手に触れる。
俺はややこしいことになったなと、思った。
サラのほうに視線をやると、とても不満そうな表情で、長月と真崎をみていた。
俺は頭の中で状況を整理する。
真崎の好きな花屋の店長が、婚約者と遊園地に来ていた。その時、たまたま真崎と長月の二人が一緒にいるところに遭遇してしまった。店長は二人で来ていると勘違い。真崎は面倒になってそれを否定しなかった。店長は真崎と長月が付き合っていると思っている。だから真崎は長月に、しばらく偽の恋人になってほしいとお願いした。真崎は店長を安心させたい気持ちもあったのだと思う。
そして長月は断らなかった。しかし長月はサラのことが好きで――。
ふと考えがよぎる。
(あれ、これ俺チャンスじゃないか? むしろ応援するべきじゃないか、この状況を)
「そのまま二人で帰ったらどうかな。だってさ。帰り道でも店長たちにばったり会うかもしれないし」
俺はそう言って、真崎の背中を押す。
「それもそうか」
と真崎は納得したが、サラが「はぁ?」と声を荒げた。
「俺たちの事は、気にしなくていいから」
俺の顔は、大変気持ち悪く笑っていたと思う。
「サラ。俺たちは俺たちで一緒に帰ろうぜ」
と俺が言うと、サラは嫌そうな顔をした。
「絶対に、嫌だ!」
サラはそう叫ぶと、右手で真崎、左手で長月の腕を掴むと、そのまますたすたと歩いていってしまった。
「ちょっと、俺を置いていくなー」
俺は慌てて三人を追いかけた。
そう簡単に、上手くいかないということだった。
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