第20話 大好きな幼馴染の家には…③
長月家のリビングには、おしゃれな照明が吊り下げられていた。
広い部屋には前原家よりも大きなソファとテーブルと大きな窓があり、そこからはバルコニーが見える。そこにいくつか植木鉢が置いてあり、玄関先と同じく色んな種類の花が植えられていた。
「妹がお世話になっていたのって、あなたの家だったんですね」
「そうです。その後、彼女が元気でやっているのか心配になりましてね。彼らもそうです。大事な友人として、連れてきました」
おじさんは、自分が連れてきた。と長月の姉に説明した。本当は、俺と真崎が連れて行ってほしいと頼んだのに。
「そうですか。でも残念ながら私は、家を出てからあまり妹の事には関わっていなくて。今日はたまたま荷物を取りに帰ってきたばかりでしたので」
「お気になさらないでください」
おじさんはそう言うと、長月の姉。
「あの。お姉さんは、姫ちゃんが前原家に預けられることになった経緯ってどこまで知っていますか」
俺は疑問を口にする。
向かい側のソファに座っている喜咲さんは、伏し目がちに答えた。
「私が聞いたのは、お母さんが病気になってしまったから、姫のことを信頼できる人に預ける。ってことだけです。お母さんは療養のために実家に帰らせるからって。私に何かできないかって聞いたけれど、お父さんは大丈夫だって言ってきかなくて」
「そうですか」
「私は家を出ていますし、平日の昼間は家に誰もいなくて、学校を休む日は姫がひとりになるから心配だって言っていました。だからだと思います。姫をあなたの家に預けたのは」
喜咲さんは言いながら、おじさんのほうを見る。
俺の隣に座っていた真崎が、大きく息を吐いてから言った。
「でも今、夏休みだろう。ひとりにしていいのか」
もっともな意見だった。
「それは」
喜咲さんは、口をつぐむ。
長月と両親の間でどんな会話がされたのかは、わからない。けれど、長月の事だ。きっとひとりでも大丈夫だと言い張ったのだろう。
彼女は今、何を思いながら過ごしているのか。
喜咲さんがもごもごしている姿を見て、俺は立ち上がる。
「姫ちゃんの部屋は二階でしたっけ」
「あ。階段を上がって左の部屋です」
俺はそれを聞くと、すぐにリビングから階段に向かって歩いていった。
喜咲さんは慌てて立ち上がり、俺を長月の部屋に案内しようとついてきてくれた。
「僕たちも行こうか。真崎くん」
後ろで、そんな声がきこえた。
***
長月は教室の窓際の席で、いつも本を読んでいた。誰かと一緒にいるところを、見たことがない気がする。他人と積極的に関わることはなく、昼休みはひとりで弁当を食べていたと思う。
なんなら、話しかけないでくださいっていうオーラを出していた。
だから俺は、無意識に長月が視界に入らないようにしていた。ただ同じクラスの教室の隅っこにいるくらい子。その認識だけがあった。
だからあの日。前原家で彼女を見たとき、本当に驚いたのだ。
あの子がいる。酷く怯えた様子だけど、どうしたのだろう。なぜこんなところにいるのだろう。そんな疑問より先に、口を開いていた。
『あ、長月さん! 同じクラスの!』
まるで鬼ごっこで子を見つけたときのように、思わず叫んだ。
思い返すと、空気の読めない発言だったと思う。
目を合わせてくれなくて、当然だよな。
ただ、あのとき初めて長月姫という子をまじまじと見たと思う。
彼女のことを、小さくてコロコロしてて可愛い。なんて言う男子生徒もいたけれど、俺はサラ以外に興味なんてなかったから、同意しなかった。話半分に、聞いていたんだ。
「姫、いる? ただいまー」
喜咲さんが部屋の扉を二回ほど右の拳で叩いてから、そう声をかけている。返事はない。
「いるんでしょう? あんたのお友達が来ているわよ」
喜咲さんは、俺と後から来た真崎とおじさんの顔を見て肩をすくめた。
かたんっと部屋の中から音がした。
それで、長月がいることがわかった。俺と喜咲さんは顔を見合わせる。
俺は部屋の中へと声をかけた。
「姫ちゃん。俺、菊地涼平。サラの父さんと、真崎も来ているんだ。急にごめんな。連絡とりたくてもとれなくて、家に押し掛けた」
「大事な話があるから、出てきてくれないか」
真崎がそう言った一分後ぐらいに、ゆっくりと扉が開いた。
「大事な話って……?」
酷くかすれた声で、水色のルームウェアを着ている長月姫が言った。
「大丈夫? 体調悪い?」
俺がきくと、長月は咳払いをしてから「大丈夫」と返事をした。
長月は着替えてから、リビングに降りてくることになった。
俺と真崎は事前の打ち合わせ通り、おじさんたちの前では一緒に遊びに行く日にちの調整をすることにした。
もちろん、偽の恋人の件やトリプルデートの件などは伏せる予定だ。
その、はずだったのだが。
「あんたたちさ。二人とも本当にあの子とただの友達?」
先にリビングに戻る途中、俺と真崎は喜咲さんにそう問われた。それは、何か含みのあるような聞き方だった。
「もちろん。そうですけど」
俺は普通に答える。
しかし、真崎はこう言った。
「いいえ。恋人です」
それを聞いた瞬間、俺は口を開けたまま固まり、喜咲さんは驚いて「ええ!」と叫び、おじさんも声こそ上げなかったが、目を丸くして驚いていた。
真崎が何を考えているのか、俺にはわからない。頭を抱えたくなった。
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