第21話 大好きな幼馴染の家には…④
リビングへ戻った俺と真崎とサラの父は、喜咲さんの質問攻めにあっていた。
「いつから付き合っているの?」とか、俺とおじさんは知っていたのかとかそらもう根掘り葉掘りきいてきた。
真崎は嘘をつき、おじさんは困った顔をしていた。
長月がリビングに入ってきたときにはもう、喜咲さんはすっかり真崎琢磨と長月姫が交際していると信じきっていた。
「恋人がいるなら、なんで私に言わないのよ。相談に乗ったのに」
喜咲さんは長月に向かってそう言って、ちょっと怒っているようだった。もちろん愛ある怒りだと思う。
当然、長月本人は、とても困惑していた。
姉に嘘をつく必要があるのか、疑問に思ったのだろう。
「お姉ちゃん、あのね。違うの」
長月のひとつに束ねられた黒い髪の毛が、真横に揺れる。ルームウェアが、灰色のTシャツとデニムに変わっていた。
「何が違うのよ。恥ずかしがらなくてもいいのよ。お姉ちゃんは応援しているから」
扉の近くで立ったままの長月にかけより、喜咲さんは両手で包むように長月の手を握る。
「あ、お父さんとお母さんには言わないでおくから、そのときになったらちゃんと自分で言うのよ。わかった?」
長月のすがるような視線に気づいた俺は、首を横に振る。これはもう、気の毒としか言いようがない。俺には真崎の考えがわからないのだ。
「ああ、そうだ。携帯がないと連絡するのに不便でしょう。私も買ってもらうのに、苦労したのよ。変なことに使わないし、使いすぎないようにする。アルバイトしてそのお金で払うからって、説得してやっとよ。うちは裕福なほうなのにお金に厳しくてね。そのくせお母さんはやたらとプライドが高くて、自分だってブランドものとかたくさん買うくせに。ねぇ、きいてる?」
「き、きいてる」
長月は、喜咲さんの勢いに押されているようで、反射的に頷いていた。
長月家が裕福な家庭だということは、外から見ても明らかだった。車が何台も停められそうな駐車場に、玄関と庭に整然と置かれた植木鉢たち。加えてリビングのシャンデリアみたいな照明。今俺が座っている黒いソファもきっと高いんだろうな。
「なら、よし。じゃあ、次の休みに携帯買いに行こう。お父さんたちは、私が説得してあげるから」
「え?」
意外な言葉だったのか、長月が目を見開く。
「なぁに。またこうやって彼に家に来てほしいってこと? 気持ちは分からなくもないけどさー。会いたいもんね」
喜咲さんがそう言うと、長月は頷いた。
「うん。会いたかったけど……」
長月が呟くその言葉はきっと、「友達だから」と続くのだろうけれど、喜咲さんはそんなことを知るはずもなく。
「きゃー。この子ったら、素直じゃないんだから」
喜咲さんは勘違いして、勝手に喜んでいる。
女子はこの手の話題が好きだよな。と俺は思った。
「そんなんじゃない……」
消え入りそうな声で、長月が言う。
喜咲さんは、長月の後ろに回り込み、彼女の華奢な身体を抱きしめ、そのまま俺たちのほうを見た。
「真崎君だっけ。妹の事、よろしくね」
「はい」
真崎は、ソファに座ったまま答えた。
***
俺と真崎と長月は、そのままリビングで話し合うことにした。長月は俺と真崎の対面のソファにひとりで座っている。その姿はなんだか心細そうで、うさぎみたいだった。
喜咲さんと、おじさんはダイニングのほうに行って何か話している。
「トリプルデート?」
驚いたように、長月がその言葉を繰り返した。
俺は頷いてから言う。
「そう。店長さんと婚約者さん。真崎と姫ちゃん。俺とサラ。この三組でトリプルデート。ああ、もちろんそういう名目ってだけ。俺とサラは付き合ってないし」
一応、フォローはいれたつもりだ。
「でも。店長さん、また勘違いしないかな」
不安そうに、長月が言った。
「俺は勘違いされても、一向にかまわない。いやむしろ、外堀を埋めるという意味でも、勘違いしてほしいまである」
俺は顔の横で、右の拳を強めに握りながら言った。
そして、はっと気づいてしまった。
もしかして、真崎は外堀を埋めるために喜咲さんの前で嘘を?
「外堀……って?」
長月が首を傾げている。
「周囲の人間から、攻め落とすってこと!」
俺は声を張り上げた。
周りの人間に、恋人同士だって認知させれば、そのうちにサラもこっちを向いてくれるかもしれない。本当の恋人になれるかもしれない。
長月には悪いけれど、こちらも手段を選んでいる場合ではない。恋愛に関しては、手を抜くつもりはないのだ。
「ところで、真崎。さっき何で喜咲さんの前であんなこと言った?」
俺は隣に座っていた真崎に、質問を投げかけた。
「何のことだ」
疑問を返されたので、俺はダイニングまで声がきこえないように、「恋人ですって、嘘ついただろ」と小声で言った。
長月には、聴こえていると思う。
「ああ。そのほうが、あの人も安心すると思って」
真崎から、斜め上の回答をされた。
「それは、お前なりの優しさなわけ?」
俺の質問に、真崎は頷きもせずにこう言った。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。なんなら、真実にしたいと思っているかもしれない」
「……え?」
真崎の言葉に、長月が反応する。視線を向けると、彼女は目を丸くして、石のように固まっていた。
「真崎、お前っ」
「店長たちの都合のいい日に合わせて、この日でいい? ちょうどお祭りもあるみたいだし」
真崎は俺の言葉を遮って、テーブルに広げていた黒い手帳のカレンダーを見ながら言った。真崎の持っているボールペンのペン先は、来週の金曜日の欄に置かれている。その日は、金土日に渡って開催される地元では有名な夏祭りの日と被っていた。
「う、うん」
長月が、ぎこちなく返事をした。
真崎が何を考えているのかわからないって? 本当にそうだろうか。
こんなにわかりやすい奴、他にいない。
長月の事を一番心配しているのは、きっと真崎だ。そもそも真崎が長月の家に行こうと言い出したのは、連絡がとれないとかそういう問題じゃない。ただ心配だったのだ。長月姫の事が心配で、様子を見に来たかったのだ。
だから都合よく現れた俺を巻き込み、おじさんを巻き込んだ。
そうするしかなかったのだと思う。長月家に行く方法が、おじさんに協力を求めるしかなった。
不器用な優しさが、真崎を動かしているのだ。
店長以外の人を好きになれたらなって? もう、好きじゃん。長月のこと好きじゃん。少なくともめちゃくちゃ好感度高いじゃん。
真崎が誰を好きになろうと別にいいけれど。ふられることがわかっていることが、つらい。
長月の気持ちを考えると、もっとつらい。
俺は来週の金曜日に想いを馳せた。どうか無事に終わりますように。そう願わずにはいられなかった。
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