悪魔襲撃

「こんな簡単に釣れるとはな! 今回の悪魔は堪え性のない小者ってところかぁ!?」


「油断しないで、ダバ! こいつらは本丸じゃあない!」


「わかってるよ! だが、この程度なら余裕だろ!!」


 そう叫ぶ青年がナイフを手に怪物の体を切り裂き、それをサポートする女性が札を展開しては炎や光弾を放っては怪物を撃ち落とす。

 仁の近くで戦う少女もまた、もう一丁の拳銃を取り出すとそれを空中に向けて乱射し、襲い掛かろうとする怪物たちを粉砕していた。


「ゴガッ! グゲエッ!!」


「わわわっ!? わーっ!!」


 少女に撃ち落とされた怪物が地面に叩きつけられ、グシャッという嫌な音を響かせた後に動かなくなる。

 先程と同じように肉体が塵へと化していく異形の存在の死に様を見つめながら、仁は非現実的なこの出来事に困惑しきっていた。


「ねえ、ねえっ! これは何なの!? どういうことなの!? この怪物は本物!?」


「今のっ、あたしたちにっ、それを説明してる余裕があるように見える!? 死にたくなかったら黙ってあたしの傍から離れないで!!」


 襲い来る怪物を両手に構えた銃で撃ち、また撃ち、撃ち続け……迎撃を続ける少女が仁へと叫ぶ。

 少なくとも、彼女が自分を守ろうとしてくれていることだけは理解できた仁は、その言葉通りに口を閉ざすと恐る恐る周囲の状況を確認していった。


「ゼラ、背中は任せたぞ! 突っ込んでくる奴は俺がやる!」


「だから、無茶はしないでって言ってるでしょ! 三人で連携しないと、この数は捌けないって!」


「一般人もいるんだから、喧嘩は後! 喋ってる暇があったら一体でも多く倒す!」


 青年がナイフで降下してくる怪物を切り裂き、そのすぐ近くにいる女性が札から光弾を発して彼を援護し、花音と呼ばれた少女が銃を撃ち続ける。

 まるで特撮映画のワンシーンのような出来事が目の前で繰り広げられている現実を受け入れられていない仁であったが、彼らが演技やおふざけでこんなことをしているわけではないということだけは感じ取れた。


 花音も、青年も、女性も……全員が必死だ。

 命を懸けて怪物と戦い、自分のことを守ろうとしている様子がひしひしと伝わってくる三人の表情や動きに息を飲んだ仁が気が付けば、戦いを続けていた三人はいつの間にやら自分のすぐ近くにまで追い詰められ、密集陣形を敷くようになっていた。


「クソッ! 何だよ、この数は……? どんだけ配下を生み出せるんだ……?」


「小者が相手だってイキってた時の態度はどうしたの? 気後れしたら、その時点で死ぬわよ?」


「思ってた以上に悪魔が育ってる。これ、本気でヤバいかも……!」


 もしかしなくとも、自分たちはピンチなのではないだろうか?

 そう問いかけたい仁であったが、これ以上彼らの精神力を削ぐような真似はしたくなかったので黙ることにした。


 それでも、ピリピリとした緊張感と重く圧し掛かる死の感覚を感じ取っている彼が強く握り締めた拳を震わせてその恐怖を耐えようとするも、そこに更なる絶望が襲い掛かってくる。


「……つまらん。実につまらん。わざわざ悪魔祓いが我を狩りに来たかと思えば、聖騎士がいないどころか全員が半人前の見習いとはな。だが、我が薔薇に捧げる極上の生贄が二体も手に入ったと思えば、悪くないか」


「っっ……!?」


 異変が起きる前に聞いた、地獄の底から聞こえてくるような低い声。

 本能的な恐怖を呼び起こすその声を耳にした仁が背筋を震わせる中、その声の主が姿を現す。


 それは細身で、禍々しい緑色をした人型のだった。

 肘や膝、踵や肩といった部位に生えている棘と、全身が深い緑色をしているその何かの肉体の中で、最も目を引くのは頭部だ。


 人でいう、脳の部分。額から頭頂部にかけてのその部分は、まるでガラスケースのように半透明になっている。

 そこに収められている……いや、鎮座しているのは、赤黒い血の色をした薔薇だった。


 一輪の薔薇に狂気を込めたかのような姿をしたその怪物は、ゆっくりとした動きで仁たちを指差しながら言う。


「男は要らん、俺の腹を満たすための食事としよう。残った女たちは光栄に思え、お前たちには我が薔薇に命を捧げる栄誉を与える。美しき乙女たちの血を吸うことで、我が薔薇は一層その真紅の深みを増すのだ」


「あんたたち悪魔に褒めてもらっても嬉しくもなんともないんだよね! 黙って討伐されてくれないかなっ!!」


 怪物たちの親玉と思わしき薔薇の悪魔に対して、そう叫びながら銃を斉射する花音。

 火花が散り、二丁拳銃から放たれる弾丸の雨が相手を襲うも、そう大したダメージは与えられていないようだ。


「……それで終わりか? なら、次はこちらの番だな」


「っっ!! みんな、下がってっ!」


 自分の攻撃が意味を成していないと判断した花音が銃の引き金を引く指を止めれば、余裕をたっぷりと見せる悪魔が右腕を振るう。

 彼女に代わって前に出た女性が何らかの力で前方に盾として魔法陣を生み出すも、それは悪魔の一撃でいとも簡単に砕かれてしまった。


「きゃあっ!?」


「ゼラっ!! 大丈夫かっ!?」


「平気よ……! でも、まさか一撃で防御陣が砕かれるだなんて……!」


 魔法陣を砕かれた衝撃で背後へと吹き飛ばされ、そこを青年に受け止めてもらった女性が顔を顰めながら呻く。

 想像を遥かに超えた強さを見せる敵を睨みつける彼女の隣では、絶望的な状況でも冷静さを残す花音が迫る悪魔の情報を分析しながら対抗策を練ろうとしていた。


「……出た。名前はドラフィル。属性は強欲で、階位は……第三位みたい」


「第三位!? 冗談だろ!? 見習いの悪魔祓い三人でどうにかできる相手じゃねえぞ!」


「本部の想像よりも成長が早い……! どうするの、花音!?」


「決まってるでしょ? こういう時に打つ手は、一つしかないじゃんっ!!」


 そう叫んだ花音が、自らのたわわな胸の谷間に手を突っ込む。

 ここまでの会話の内容を何一つとして理解できていない仁が三人の顔を順番に見つめながら呆然とする中、谷間から何かを取り出した花音がそんな彼へと大声で叫んだ。


「逃げるよっ! 全力で後ろに走って!」


「は、はあっ!?」


「ぬうっ!?」


 地面へと花音が手にした球形の何かを叩きつければ、それは眩い光を放ってドラフィルの目を焼いてみせた。

 閃光弾に視界を奪われた悪魔たちが苦悶の呻きを発する中、花音たちは仁を連れて一つしかない逃げ道を全力疾走し始める。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! この先には僕が世話になってる教会があるんだっ! このままだと、そこに行くことになる!!」


「知ってるよ! あたしたち、そこに向かってるんだからっ!!」


「知ってるって……冗談じゃないっ! そこにはシスターや子供たちがいるんだ! そんなところにあんなわけのわからない怪物を連れて行くつもりか!?」


「いいからあんたは黙ってなさい! 死にたいの!?」


「これが黙っていられる状況だと思う!? 君たちの事情に、僕たちを巻き込むなよ!!」


「うっせえ! 騒いでる暇があったら足を動かせ!!」


 このまま逃げた先には、仁が身を寄せている『光の家』がある。

 そこで眠っているであろう子供たちを危険に巻き込みかねない状況に強く抗議する仁が男女と喧嘩じみた会話を繰り広げる中、時折背後へと銃撃を繰り出す花音が申し訳なさそうな声で言う。


「……本当にごめんなさい。でも、この状況を打破するにはそうするしかないの。説明するべきことは後で説明する。だから、今はあたしたちと一緒に逃げて!」


「信じろって、さっきから何が起きてるのかすらわからない状況で、そんなことできるはずが――」


「見えたぞ、教会だ! あと少しだけ踏ん張れっ!!」


 花音たちが怪物を倒そうとしていることと、自分を守ろうとしてくれたことは理解できる。

 だが、仁にはそれ以外の状況が何も理解できていない。


 彼女たちは何者なのか? どうして子供たちを巻き込むことを承知で教会まで逃げているのか? あの怪物たちはなんなのか? それら全てがわからないまま、とりあえず花音に言われるがままに逃走を続けていた仁は、ようやく『光の家』の敷地まで辿り着いた。


 息を切らし、門の中に飛び込んだ四人は、そのまま自分を追跡してきた悪魔たちの軍勢を見やる。

 上空に浮かぶ彼らは、白濁した眼で仁たちを睨んでいるが……先程までのように、攻撃を仕掛けてくる様子は見受けられなかった。


「やっぱりそうだ! あいつら、ここには入れないんだ!」


「油断しないの! ゼラ、今の内に結界を張って! ダバはゼラと一緒に見張りをお願い!!」


 花音からの指示を受けた男女は、その通りに自分に与えられた役目を遂行していく。

 懐から札と羽ペンを取り出して何かをし始めたゼラという女性と、彼女を警護しながら上空で待機する悪魔たちを見張るダバという青年の行動を見つめていた仁は、二人から視線を逸らすとこちらを見つめる花音と視線を交わらせながら、口を開いた。


「助かった……ってわけじゃあないんだよね? もういいだろう? この状況について、説明してよ」


「うん、そうさせてもらうね。でも、今もあんまり余裕があるってわけじゃないから、掻い摘んだ説明になっちゃうと思う。それでもいいっていうなら――」


 仁や『光の家』の人々を巻き込んでの籠城をする形になった花音は、何も知らない一般人を巻き込んでしまったことへの責任を果たすべく仁へと説明を行おうとしたそのタイミングで家の扉が開き、また新たな登場人物が姿を現す。


「何の騒ぎですか、これは? 仁、あなたなの?」


「シスター! 外に出てこないで! 僕もよくわからないけど、凄く危ない状況なんだ!!」


「何を言っているの? それに、その子は……っ!?」


 寝ずに買い物に行った仁を待っていたであろうシスターは、見知らぬ男女たちや宙を舞う偉業の怪物たちの姿を目にすると、愕然とした表情を浮かべた。

 そんな彼女と仁とを順番に見つめた後で、花音が口を開く。


「ここだと落ち着かないでしょうから、家の中に入らせてもらってもいい? そこで色々と、説明させてもらうから」


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