共通点
「弁護士? あの人が?」
「うん、そう。ダメ元で検索かけてみたらヒットしたんだ。この街のとある事務所で勤務してる弁護士だって」
翌日の昼頃、花音と共に再び悪魔が出現した街を訪れた仁は、彼女に話をしながら自身のスマートフォンを見せつける。
柏木明夫の名前でかけたインターネット検索の最上位に表示されている、昨日目にしたばかりの顔写真と彼が所属している弁護士事務所の住所を確認した花音は、ふんふんと頷きながら仁へと顔を向け、口を開いた。
「なるほどね、通りでお金持ちだったわけだ。でも、問題はここからだよ。この人のことを調べて、本当にギジボの正体に繋がると思う?」
「それはまだわからないよ。だけど、調べてみる価値はあると思う。……そうだ、頼んでいた物って用意できてるかな?」
「もっちろん! あたしを舐めないでよね~! はい、どうぞ!」
むっふ~っ、と鼻息を噴きながら得意気に胸を張る花音。
そうした後で彼女は、がばっと開いた自分の胸元を指差すと、笑顔でそこに手を突っ込めと視線で仁へと言う。
「どうぞって、あのねえ……そんなことできるわけないでしょ!? 常識で考えなよ、常識で!」
「え~っ!? あたしたち、もう同じ屋根の下で生活して一か月じゃん! おっぱいタッチの一回や二回くらい、別に気にするような間柄じゃあないと思うんだけどにゃ~?」
「そういうのいいから! 早く出す!」
「ちぇ~! はい、どうぞ!」
実につまらなそうに唇を尖らせた花音が、懐から二枚の写真を取り出し、仁へと手渡す。
胸の谷間に挟んでなかったんかい、とツッコミたくなるところを懸命に堪えた仁は彼女に感謝を伝えると、柏木が勤めている弁護士事務所が入っているビルの中に入り、階段を上がっていった。
「ここだね。そこそこ綺麗だし、やっぱ儲かってるのかな?」
「受付さんまで雇ってるくらいだからね。お金持ちって感じがして、羨ましいなあ……」
ガラス張りのドアの向こうに見える立派な事務所の内装を目にした二人は、それについての感想を述べつつ受付を担当する女性へと視線を向ける。
こういった事務所に所属しているだけあって、きちんとした出で立ちをしているなと……そう思いながら、子供が来るには場違いな弁護士事務所のドアを開けた仁は、その女性へと声をかけた。
「あの、すいません。ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい。何かご依頼でしょうか?」
「ええっと、その……柏木明夫先生が所属してる弁護士事務所って、こちらでお間違いないですよね? 少し、お話がしたくって……」
「はい、確かに柏木はこちらに所属していますが……申し訳ありません。本日はまだ出勤していないんです。今朝から連絡が取れなくて、今も何をしているのやら……」
適当にごまかしつつ、ここに柏木がいないと知っていながら彼の名前を出した仁は、それに対する受付嬢の反応におやっといった表情を浮かべた。
この女性、柏木がまだ出勤していないことだけでなく、彼と連絡が取れないことまでべらべらと喋っている。
普通ならばここは柏木がいないこととそれに対する謝罪のみを口にすればいいところなのだが、それ以上の情報を漏らしてしまっている受付嬢の言動から彼女がお喋りな性格なのではと考えたのは仁だけではなかったようで、彼の横からひょっこりと顔を出した花音は、羽ペンを使って彼女の手をサッと叩いてみせた。
「ちょっと失礼! お姉さん、手にゴミが付いてたよ!」
「あ、あら、ごめんなさい。余計な気を遣わせてしまったみたいで……」
突然の行動に驚きつつも、ニコニコと邪気のない笑みを浮かべる花音の言葉に特に何も不審なものは感じなかったのか、受付嬢は深くは突っ込むことはせずに軽い感謝の気持ちを述べるだけに留まった。
……が、その直後にソワソワと落ち着きのない態度を取り始めた彼女の様子を目にした仁は、隣で微笑む花音が彼女にまじないをかけたことを確信し、小さく肩をすくめる。
確かに彼女がついて来てくれてよかった……と、探りを入れやすくしてくれた花音に感謝しつつ、仁はこの好機を逃さぬよう、受付嬢へと質問を投げかけていく。
「実は少し、柏木先生の人となりについてお聞きしたくて……先生って、どんな方なんですか?」
「柏木先生ですか? そうですね……真面目な方だと思います。依頼人のために一生懸命尽力しますし、奥さんと息子さんも大切にしていますし……今日は遅刻こそしていますが、普段はそんなことないですし……良くも悪くも、普通の人間なのかな、と」
「……普通の人間、というのはどういうことでしょうか? なんだかあなたの言い方には、含みがあるような気がするんですが……?」
柏木のことを褒めてはいるものの、何か引っかかる部分のある受付嬢の言葉に違和感を覚えた仁がそこを追求する。
そうすれば、周囲を見回して自分たち以外誰もこの場にいないことを確認した彼女が、ひそひそ声でとんでもない情報を教えてくれた。
「……これ、ここだけの話にしてくださいね。何年か前の話なんですけど、柏木先生が担当した離婚裁判があったんです。先生は旦那側の弁護をして、奥さんに満足な生活能力がないことを理由に子供の親権を勝ち取ったんですけど……つい最近、その子が後妻と旦那さんに虐待されて亡くなったらしくて――」
「えっ……!?」
受付嬢の話を聞いた仁と花音が、驚きに目を見開きながら顔を合わせる。
再び受付嬢の方へと視線を向けた二人が黙って耳を傾ける中、まじないによって口が滑りやすくなっている彼女は沈鬱な表情を浮かべながら話を続けていった。
「元々、そのご夫婦も旦那さんが浮気して若い後妻に乗り換えたせいで浮気したんですけどね、こんなことになるんだったらあの時弁護を引き受けるんじゃなかったって、柏木先生もショックを受けてたんです。さっきも言った通り、先生も息子さんがいらっしゃいますし、ちょうど年齢も亡くなった子と同じくらいですから……」
「あの、すいません。もしかして子供を虐待した夫婦って、この二人じゃないですか?」
そう言いながら仁が差し出したのは、花音に頼んで用意してもらった二枚の写真……以前にギジボによって殺害されたという夫婦の写真だ。
それをまじまじと見つめ、驚愕の表情を浮かべた受付嬢は、大きく頷きながら仁へと肯定の答えを口にしてみせる。
「ええ、そうです! この二人ですよ! 虐待疑惑も疑惑で終わって、特に調査されることもなく生活してるって聞きましたけど……」
「……繋がったね、仁くん。ギジボに殺された人たちには、共通点があったんだ」
「ああ……この場合、悪魔に憑りつかれた人間として真っ先に候補に挙がるのは――」
ギジボに殺害された夫婦と、その親。そして昨晩襲われた柏木弁護士には、接点があった。
それを知った仁が緊張した面持ちを浮かべる中、再び羽ペンを取り出した花音がそれを受付嬢に向けて振るい、更なるまじないを仕掛ける。
空中に描かれた文字を目にした受付嬢の瞳は焦点が定まらなくなり、ぼうっとした雰囲気になっていて……彼女が意識を失ったことを確認した花音は、声を低くして質問を投げかけ始めた。
「数年前に子供の親権を奪われた奥さんの家の住所はわかる? わかるなら、それを教えて」
「……はい。少々、お待ちください」
こくん、と操り人形のように頷いた受付嬢が立ち上がり、奥の部屋へと引っ込んでいく。
おそらくは柏木の机や部屋を調べ、当時の資料を確認するのだろうなと予想した仁へと、花音が声をかけてきた。
「ギジボが憑りついたのは殺された子供の母親。悪魔に憑依された彼女は、息子を殺した元夫夫婦やその親、果ては息子の死の遠因を作った柏木弁護士へと復讐をすべく彼らを殺害した、ここまでは間違いない。でも、問題はここからだよ。ギジボの目的が復讐なら、もうそれは果たされてる。これ以上、母親が恨みを晴らすべき相手は存在してないはずだよね?」
花音の言う通り、もしも母親が息子を殺した連中への憎しみを糧に動いている場合、もう彼女が復習を果たすべき相手が存在しなくなった今、次に悪魔が誰を狙うかは完全にランダムという状態になっている。
仁の予想では、『C.R.O.S.S.』は自分たちにギジボが次に襲う人間を特定させようとしているはずだが……これでは特定のしようがないではないか。
「……まだ、何かあるんだよ。僕たちの知らない何かが、この事件の背景に存在している。それを突き止めるためにも――」
犯行の理由は、悪魔に憑依された母親を突き動かしているものは、憎しみだけではないのかもしれない。
まだ自分たちが知らない何かがこの事件の裏に存在していることを予感した仁は、戻ってきた受付嬢からギジボに憑依されたであろう母親が住んでいた家の住所が記載されている資料を受け取ると、こちらを見つめる花音に向けて言う。
「――行ってみよう、その母親が住んでいた家へ。きっと、そこに全ての答えがあるはずだ」
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