意図
「さて、今回は相手の情報がわかってるから、先に確認しておこっか!」
夜、仕事着に着替えた二人が人気のないビルの屋上で悪魔の反応を探知する中、羽ペンを取り出した花音が不意にそんなことを言いながら聖堂からの手紙をそれで撫でる。
ふわりとした緩い風が発せられると共に空中に金色の文字が浮かび上がる様を見た仁が目を丸くする傍で暗号と思わしきそれらの文字を読み解いた花音は、その内容を彼へと伝えていく。
「名前はギジボ、階級は第五位……この前、戦ったカルの一つ上だね。聖堂が確認する限り、これまで食らった人の数は三人。とある夫婦とその母親って書いてあるよ」
「……どうしてそこまでわかってるのに悪魔を野放しにしておくのかな?」
「あたしたちの相手にちょうどいいからじゃない? 下から数えて二階級目の雑魚悪魔なら、駆け出しコンビでも狩れるって判断したんでしょ」
既に犠牲者が出ているというのに、わざと悪魔を見逃している『C.R.O.S.S.』のやり方を疑問視する仁。
花音も思うところはあるようだが、それを今言っても仕方がないと理解しているであろう彼女は、敢えてその部分には突っ込まずに仁へと言う。
「これ以上の犠牲者を出したくないのなら、一刻も早くギジボを討伐するしかないよ。あたしたちは、あたしたちのやれることを全力でやろう」
「……うん、そうだね」
花音の言葉に頷き、納得した仁が夜の街を見やる。
この街の何処かに人を食らう怪物が存在しているのだと、そう考えるとこの街の煌めきも闇も何もかもが恐ろしく感じられるなと、そう思う彼の背後で少しだけ気の抜けた花音の声が響いた。
「でもまあ、残念ながら今回は仕込みの時間が短過ぎて探知網の精度は弱めなんだけどね。これじゃあ、悪魔が現れても駆け付けるのが間に合うかどうか……」
「……それもわざとなのかもしれないよ。『C.R.O.S.S.』は、敢えてそうなるようにしているのかもしれない」
「えっ……?」
指令が届いた時間が夜だったために、簡易的な悪魔探知の術式しか張れなかったことを報告する花音に対して、仁がそんな意味深なことを言う。
彼女がその言葉の真意を尋ねようとしたその時、腕に巻いたブレスレットの石が微弱な光を発して、悪魔の存在を探知したことを報告してきた。
「仁くん、こっちへ。網に標的がかかったみたい」
「ああ、わかった」
言われるがままに仁が花音の傍まで歩み寄れば、彼女は地面へと懐から取り出した札を叩きつけてみせた。
その瞬間に二人の姿は屋上から消え、入り口に張られたもう一枚の札の傍へと瞬く間に転移した仁は、便利なこの術に対して感心しながら口を開く。
「瞬間移動の術もあるんだ。これさえあれば、もっと早く現場に急行できるんじゃないの?」
「残念、こいつは縦の座標にならそこそこ使えるんだけど、横の座標移動距離は凄く短いんだよね。札と札とを繋ぐ見えないエレベーターを作ってる、って言えばわかるかな?」
なるほど、と頷きつつ貼られた札を見る仁。
どうやらこの術は使い切りのようで、その札も見る見るうちに赤い炎に包まれて燃え尽きてしまう。
世の中、そう便利な物が揃ってるわけでもないか……と、諦めに近しい感情を抱いた後で即座にそれを振り払った彼は、こちらを見つめる花音の後を追って、悪魔が出現した地域へと駆けていった。
「……だめか、やっぱり間に合わなかった」
反応があった地域に到着後、更に詳しい地点を探るための術式を展開し、それを用いて悪魔の痕跡を追って……そんな手間と時間をかけて現場に到着した花音は、既に全てが終わった後のそこを見て無念そうに呟く。
色濃く残る悪魔の気配と、そこに散らばっている犠牲者のものと思わしき遺品の数々を見つめながら、彼女は仁へとこう問いかけた。
「仁くん、聖剣を使ってここで何があったか調べられない? そうすれば、悪魔が憑依した人間もわかると思うんだけど……」
「……ごめん。僕もそう思ってやってみてるんだけど、上手くできないや。僕はまだ、この力を使いこなせてないみたいだ」
「そっか、残念……」
事件当時の状況を確認することができれば、悪魔を追う大きな手掛かりになる。
そう考え、聖剣の力に期待する花音であったが、カルの時に発揮した力は偶発的なものであって、自分の意思で発動したわけではないという仁の言葉を受け、がっくりと肩を落とした。
残念ながら、悪魔を追う有力な手掛かりは見つからなさそうだ。
そう考え、せめて悪魔の気配を強く記憶することで術式の探知精度を高めようと考える花音であったが、そこで仁が妙なことをしていることに気が付く。
「仁くん、何してるの? それ、悪魔に殺された人の遺品?」
「うん、ちょっとね……」
散らばった遺品を見下ろし、それらが入っていたであろうビジネスバッグを手に取った仁がその中身を探り始める。
目を細め、彼の行動を観察しながら傍まで近づいた花音は、仁が手に犠牲者のものと思わしき財布を手にしている様を見て、ジト目で彼を見つめながら疑いの言葉を投げかけた。
「まさかとは思うけど、財布からお金を抜き取ろうだなんて考えてないよね? そんなことしたらあたし、怒るよ!」
「そんなわけないでしょ。僕が探してるのは……これだよ」
そう言いながら、花音へと何かを見せつける仁。
彼女が顔を寄せてそれを確認すれば、そこには犠牲者の名前と顔写真が貼られている免許証があった。
「
「……見てよ、お札がこんなにびっしり。相当なお金持ちだったみたいだ」
「あっ! やっぱりネコババしようとしてるじゃん! そこに座りなさい! お説教&お尻でど~ん! するから!!」
「いや、違うって! 盗もうだなんてこれっぽっちも考えてないよ! 僕はただ、この人がどんな人だったかを調べてるだけなんだってば!」
ぶんぶんと勢いよくお尻を振って何かの準備をし始めた花音に対して、大慌てで自身の行動を説明する仁。
まだ自分に対して疑いの眼差しを向ける彼女に対して、必死にその意味を語っていく。
「今回の指令、『C.R.O.S.S.』は僕たちに受け身に回らずに積極的に悪魔の正体を探っていけって言ってるような気がするんだ。犠牲者について詳しく記載されてるっていうのに、悪魔に憑りつかれた人間についての情報が一切教えられないって部分を考えても不自然でしょう? もしかしたら『C.R.O.S.S.』はもう悪魔が誰に憑依したのかを掴んでて、僕たちにそれを特定させようとしてるんじゃないかな? ギジボが本格的に活動を開始する前に、その目的を突き止めることも今回の課題の一つなんだと思う」
「……なるほどね。だから、仁くんはギジボに襲われた人がどんな人間だったかを調べようとして、お財布を覗き込んだってわけだ?」
「まあ、そういうこと。とりあえずだけど、この人の名前と顔、そしてお金持ちだってことがわかった。その辺のことも踏まえて、明日、僕はこの人について調べてみるよ。君は念のため、探知の術式を強化しておいてくれない?」
「ん、了解。だけどその調査にはあたしも同行するよ。術式の強化は今からやっておくから、安心して」
自分からの指示に頷きつつ、作業を前倒ししてまで調査に同行するという花音の言葉に、彼女から信用されていない気がして落ち込む仁。
そんな彼の気を知ってか知らずか、呑気に大きく伸びをして肩を鳴らした彼女は、夜明けまでに仕事を終わらせるぞと気合を入れ、術式の強化に取り掛かるのであった。
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