表裏

「仁く~ん、ご飯できたよ~!」


「あ、うん。た、食べよっか……」


 その日の夜、いつも通りの日常を過ごしていた仁は、花音と共に夕食の時間を迎えようとしていた。

 本日の料理当番である彼女が作った料理を小さなテーブルの上に並べた後、自分と向かい合って座った花音の号令を合図に食事を取り始める。


「いっただっきまーす!!」


「い、いただきます……」


 元気いっぱいに挨拶をする花音に対して、仁の方はどこかぎこちない。

 ぱくぱくと美味しそうに自作の料理を食べる花音の様子をちらちらと見ながら、何かを考えている様子だ。


「……仁くん、どうかしたの? な~んかさっきから様子が変だよ?」


「うえっ!? い、いや、別になんともないよ! 気のせいさ、気のせい!」


 ただでさえわかりやすい仁がそんな不審な真似をしていれば、鋭い花音でなくたって彼の異変に気が付く。

 訝し気な表情を浮かべて問いかけてきた彼女を必死にごまかす仁であったが、内心は焦りでいっぱいであった。


 彼の焦りの理由、それは実にシンプルだ。

 昼間、購入した花音へのプレゼントであるオルゴールをどうやって彼女に渡すべきか悩んでいるのである。


 普通にいつも世話になっているお礼と言って渡せばいいのだろうが、そこは年齢イコール彼女いない歴の仁、恥ずかしさと不安が勝ってしまう。

 かといって回りくどい方法を思いつくような脳もなく、正面突破も奇策も用いることができない彼は、どうすべきかをずっと考えているというわけだ。


(お、女の子にプレゼントを渡すのがここまで大変なことだんて、知らなかった……!!)


 下手をすれば悪魔との戦いよりも過酷かもしれないと、直面している難題に苦戦する仁がそんなことを考える。

 そんなふうに焦る自分のことをじっと見つめてくる花音をどうにかごまかさなくてはと必死に頭を働かせた彼は、大慌てで話題を変えて彼女の意識を逸らすことにした。


「そ、そういえばさ! 今日、ゼラさんのお見舞いに行ってきたんでしょ? 彼女の様子はどうだった?」


「うん? ……怪我の方はもう大丈夫みたい。だけど、心の傷が深くってさ……」


「そ、そっか……前もそんなことを言ってたもんね。その、今日のお見舞いで元気付けられるような話はしてあげられた……?」


「………」


 今度は、花音が焦りを募らせる番だった。

 不安気な表情を浮かべながら仁が発した言葉は、花音の胸を二重の意味で深く抉る。


 一つはもちろん、仁に隠し事をしていること。

 悪魔が元人間であったことを秘匿していたという事件を乗り越え、相棒として自分のことを信用してくれている彼に対して、また隠し事をしているという事実が罪悪感と共に花音の心に痛みを感じさせる。


 『C.R.O.S.S.』は、彼だけでなく彼の子も欲しているのだと、蒼炎騎士の血筋を絶やさぬために動いているのだと……自分が伊作から仁との子を作れと命令されていると知った時、彼は何を思うだろうか?

 軽蔑されるかもしれない、嘆かれるかもしれない、何より……これまでの自身の振る舞いは全て、自分に好感を抱かせるための演技だったのかと思われてしまうかもしれない。


 そうなってしまったらもう、自分たちはおしまいだ。

 相棒として築き上げた絆も関係性も完全に壊れてしまうだろう。


 伊作から命じられた任務を達成できないこともそうだが、それ以上に……今の花音は、仁のことを裏切りたくないという思いを強めている。

 だというのに、現在進行形で彼の信頼を裏切り続けている自分自身の行いに対する情けなさが、彼女の胸を締め付ける要因の一つ。


 そしてもう一つが、ゼラを励ますどころか傷付けることしかできずにいたこと。

 仁との子を産めという伊作の極秘命令をうっかり漏らしてしまったことで、彼女に悪魔祓いエクソシストとしてのつらい運命を自覚させてしまったことも花音は悔いている。


 愛する人が死んでも、そのことで心を深く傷ついたとしても、家族は戦いから逃げることを許してくれない。

 その上、所属する組織までもが自分たちのことを道具のように使い、人生を捧げさせるような命令を出すという事実は、傷付いていたゼラの心に更なるショックを与えてしまっただろう。


 気が抜けてしまったといえばそれまでだが、迂闊が過ぎた。

 お見舞いに行ったはずが、彼女の心の傷を更に抉っただけで終わってしまったという後悔もまた、花音の心を深く抉っている。


 しかし……それでも、花音は仁と違って隠し事が上手だった。

 暫し押し黙りはしたものの、それをごまかすように普段通りの屈託のない笑みを浮かべた彼女は、そのまま仁へとこう言ってみせる。


「うん! あともう一体悪魔を討滅すれば、試験は合格だって報告してきた! ゼラも喜んでくれたよ!」


「そっか、それはよかったね」


「本当だよ~! それもこれも、手を貸してくれてる仁くんのお陰だね! これはしっかりとお礼をしなくちゃいけませんな~……! なにかしてほしいこととか、ある? えっちなことも許してあげちゃうけど、どうする?」


「お、お礼だなんて、僕は必要ないよ! どっちかといえば、僕の方が世話になっている気しかしないし……」


 からかい半分、本気が半分の花音の申し出に動揺しつつも、これはチャンスだと考える仁。

 この流れでいつものお礼にプレゼントを買ってきた……と話を切り出せば、少しは楽に彼女にオルゴールを渡せるではないかと思う彼であったが、間の悪いことにそのタイミングで花音は食事を終え、テーブルを離れてしまった。


「さて、ごちそうさま! 洗い物は任せたよ! あたしはお風呂に入ってくるからさ~!」


「うえっ!?」


 ぽい、ぽい、ぽいっ、と着ている服を脱ぎ捨て、下着姿になる花音。

 そのままブラジャーのホックに手をかけた彼女は、そこで仁の方に振り向くと蠱惑的な笑みを浮かべながら彼へと言う。


「よければ仁くんも一緒に入る~? お礼としてお背中、お流ししますけど~?」


「け、結構です! 大丈夫です! 必要ないですっ!!」


「あっ、そう……気が変わったらいつでも入ってきてね、んじゃ!!」


 彼が顔を覆っている間に全裸になった花音が、脱ぎ捨てた服を手に風呂場へと走っていく。

 また彼女にからかわれてしまったなと、お陰でタイミングを逃してしまったなと思いながら、仁は箸を進めて夕食を平らげていった。


「しまったなぁ……あのお姉さんにプレゼントを渡す時のアドバイスもしてもらうんだった……」


 昼間に会った郁美にプレゼントの中身だけでなく、それを渡す際のレクチャーもしてもらえばよかったと後悔する仁。

 今、彼女は何をしているのだろうなと考えながら窓の外に浮かぶ月を見つめた彼は、大事なハートをくすぶらせたままの自分の情けなさに大きなため息を吐くのであった。

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