引出物

「……可哀想だよな、あいつら」


「ああ……なんだってこんなタイミングで……」


 月夜の帰り道、喪服に身を包んだ二人の男性が暗い表情を浮かべながら話をしている。

 今しがた、旧友たちの告別式に参加してきたばかりの彼らは、その感想を言い合っているようだ。


「事故だったんだろ? 相手側がスピード違反で突っ込んできてさ……」


「らしいな。しかも車が爆発したせいで、遺体も見つからなかったらしい。ご両親も無念だろうな」


「……一番無念なのはあいつらだろ。もう少しで結婚するはずだったのに」


「ああ、そうだろうな……」


 幸せの絶頂にいた二人を襲った悲劇。

 誰もが彼らの門出を祝福し、その先の未来で待つ幸福を疑っていなかった。


 それが、こんな形で終わってしまうなんて……と、最後に見た郁美と亮太の姿と二人の笑顔を思い浮かべながら、男性たちが夜空を見上げた時だった。


「ふふ、ふふふふふふ……!」


「あははははははは……!!」


「えっ……!?」


 聞き覚えのある笑い声が耳を突く。

 一瞬、幻聴か何かかと自分の耳を疑った男性たちだが、自分だけでなく会話の相手もまたその声を聞いたと知って、お互いに顔を見合わせた。


 どういうことだ、と困惑と恐怖が半々の感情を彼らが抱く中、その背後から死んだはずの郁美と亮太が姿を現す。


「こんばんは。私たちの葬儀に参加してくれて、ありがとうね」


「俺たちはいい友人を持った。本当に、嬉しいよ」


「い、郁美? 亮太なのか……?」


「お前たち、どうして……!?」


 そこに立つ郁美と亮太は、生前と何も変わらない姿をしていた。

 事故に遭って命を落としたとは思えない、綺麗なままの彼女たちだが……その姿を見た男性たちは一目で二人がこの世のものではないことを確信する。


 確かに今、自分たちの目の前に立っている郁美と亮太は、姿こそは自分たちが知る彼女たちそのままだ。

 しかし……だからこそ、見た目以外の全ての違和感が際立っている。


 幽霊とも違う、実態を持ってそこに立つ二人がどういった存在なのかわからずに恐怖し、硬直してしまう男性たちとは真逆の穏やかな笑みを浮かべた郁美と亮太は、静かに彼らへと語り掛けていく。


「私たちね、結婚式をするの。規模は大きくなくていい、豪華じゃなくても構わない……ただ、私たちの新しい門出を祝ってくれる人たちと一緒に、厳かな式を挙げようと思ってる……」


「君たちも協力してくれるよね? 俺は、郁美にウエディングドレスを着せてやりたいんだ……」


「……あ、ああ、協力するよ。お、俺たちは何をすればいいんだ?」


 ここで彼女たちを刺激するのはマズいと判断した男の片割れが、引き攣った笑みを浮かべながら二人の申し出を快諾する。

 友人の言葉に嬉しそうに微笑んだ郁美は彼の手を取ると、妖しく瞳を輝かせながら口を開いた。


「ありがとう、嬉しいわ! それじゃあ、早速……あなたの魂を貰うわね」


「えっ? あ、ああ……うわぁぁぁぁぁ……!?」


「ひっ、ひぃいいっ!!」


 その言葉と共に郁美の薬指に嵌められている指輪が黒く輝く。

 軽く触れたままの左手から、徐々に肉体を煙のように溶かされていく相方の姿を見たもう片方の男性の悲鳴が響く中、郁美は指輪の中に一人の人間の魂を吸収して満足気に笑みを浮かべた。


「た、たすけっ、あうあっ!?」


「君もだ。僕たちの結婚式の引き出物になっておくれ」


「あうぅぅぅぅぅぅ……」


 この異常事態に逃げ出そうとしたもう一人の男性もまた、郁美とお揃いの亮太の指輪の中へと肉体と魂を吸収されていく。

 段々とか細くなる断末魔の悲鳴が完全に途絶えた頃、全てを終えた亮太が懐から真っ赤な封筒を取り出すと共にそれを風に舞わせる。


 ふわり、と飛んでいった封筒が空中で黒いもやに包まれて消え去る様を目にした二人は、身を寄せ合って恍惚とした表情を浮かべたまま、話を始めた。


「これでまた、出席してくれる人が増えたね。俺たちは本当にいい友人を持った」


「ええ、私たちのために命まで捧げてくれるんだもの、感謝しないと……」


 瞳の中に黒い濁りを宿した二人が、今しがた命を奪った友人たちがそうしていたように夜空に浮かぶ満月を見上げる。

 その輝きに照らされながら、怪物と化した存在だとは思えないほどに優しく幸せそうな笑みを浮かべながら、亮太は郁美へと言った。


「愛してるよ、郁美……死すらも、俺たちの愛を引き裂くことはできない。この結婚式でそのことを証明しよう」


「ええ……! それで私たちは幸せを掴むの。今度こそ、絶対に……!!」


 そう語り合い、見つめ合った二人がそっと唇を重ね合わせる。

 お互いの愛を確かめ合うように、これから先の未来を思い描きながらキスを続ける二人の姿は、いつの間にか月の光に溶けて消えてなくなっていた。

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