降魔祭

「仁くん! 仁く~ん! お~き~て~!!」


「ん、んん……? ぶはっ!?」


 ゆさゆさと体を揺さぶられる感覚に呻きを上げながら瞳を開けた仁は、自分の目の前にある胸の谷間を目撃して盛大に噴き出した。

 ベッドの、さらにいえば自分の体の上に乗っかって彼の体を揺さぶっていた花音は、起き抜けの彼へのサービスを終えるとその顔を覗き込むようにして挨拶をする。


「あっ、起きた? おはよう、仁くん!」


「あの、そういうの止めてくれませんかね!? もっと慎みとか、羞恥心を持って行動してほしいんだけど!?」


「いいじゃない、別に! もう裸だって何度も見てるんだし、谷間くらいでわーわー騒ぐこともないでしょ? あたしとしては、仁くんののお手入れをするのもやぶさかではないんだけどにゃ~?」


「ぐっ……!?」


 蠱惑的な笑みを浮かべながら花音が発した意味深な言葉に、顔を真っ赤にして声を詰まらせる仁。

 時折、こうやって自分をからかう彼女のおふざけには困ってしまうなと考える彼だが、花音の方はあわよくばこれで仁との肉体関係を結んでしまおうという思惑があっての行動であることなど、知る由もない。


「だから、そういうの止めてってば! おふざけの度が過ぎるよ!」


「あはは、ごめんごめん。さ~て、本題に入りましょうか」


 またしても鋼の意思で自分の誘いを断った仁のことを笑ってごまかしながら、胸の谷間から指示書が入った封筒を取り出す花音。

 ぴくっ、と反応を見せた彼に対して頷いた彼女は、少しだけ真面目な声色でこう告げる。


「三件目の、そして、最後の試練となる任務の指令が届いたよ。気を抜かず、全力でいこうか」


「……ああ。それで、なんて書いてあるの?」


「ちょっと待ってね、よいしょ、っと……」


 最後の任務となる試練の発令に気合を入れた仁がベッドから跳び起きる。

 寝間着姿のまま、彼と並んだ花音は、羽ペンを取り出すとそれで封筒を一撫でし、空中に浮かび上がった暗号を共に解読していった。


「二対一体の悪魔、クルピドとエラーズが現世に舞い降りた兆候在り。降魔祭サバトを開催せんとする悪魔たちの企みを防ぎ、これを討滅せよ……だってさ」


「降魔祭? なに、それ? いや、ろくでもないことだっていうのはわかるんだけどさ……」


 最後の試練となる指示書の中にあった、聞き慣れない単語。

 降魔祭、という如何にも不吉なそのワードについて花音に尋ねてみれば、彼女はこう答えを返す。


降魔祭サバトっていうのは、簡単に言っちゃえば悪魔たちを地獄から呼び寄せるための儀式のこと。沢山の魂を捧げることで現世と悪魔たちの世界を繋ぐ巨大なゲートを作り出して、一気に大量の悪魔たちを召喚するの。これをやる悪魔って、本当に少ないんだよ」


「普通、悪魔たちは自分が食べるためとか、殺すために人を襲うもんね。大量の人間を殺しておきながらそれを他の悪魔のために使うっていうのは、かなり異質ってことか」


「そういうこと! ……だけど、降魔祭サバトが実行された時に出る被害は尋常じゃないものになる。十や二十程度じゃない、百体近い悪魔がいっぺんに現世に呼び出されるんだもの、そいつらが一斉に暴れ出したら、どれだけの人たちが犠牲になるかわかったもんじゃない。絶対に阻止しなきゃ」


 先ほどまでのふざけた態度が完全に消えた花音の言葉と表情から、この任務の重要性を感じ取った仁がごくりと息を飲む。

 彼女の言う通り、百体近い悪魔が一気に現世に出現してしまったとしたら、その際に生まれる被害は途轍もないものになるだろう。


 最後の試練に、とんでもなく責任が重い任務が課せられたな……と考える仁は、ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 すべきことは変わらない。悪魔を見つけ出し、これ以上の犠牲を出す前に倒す、それだけだ。


 そう考えていたのは花音も同じようで、指示書を何度も確認した彼女は大きく頷くと共に立ち上がる。

 そして、任務の際に着る魔導着をどこからともなく取り出すと、仁の方を向いて口を開いた。


「早速、今から動こう。悪魔が出現した場所も調べがついてあるし、そこから辿れば憑りつかれた人もわかるはずだよ」


「そうだね……わかった、行こう」


 またしても羞恥心皆無のまま衣類を脱ぎ捨てて自分の前で着替えを始めた花音から視線を逸らしつつ、自分もまた支給された魔導着を取り出しつつ、彼女の言葉に同意する仁。

 支度を終えた二人は住処を出ると、指示書に記されていた悪魔の発生地点……あの交通事故現場へとやって来た。


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