判別
「ここが悪魔が出現した現場だね。指示書によると、少し前にここで交通事故があって、両方の車の搭乗者たちは全員亡くなったみたい。ガソリンが引火して車が爆発したせいか、遺体も見つかってない……って書いてあるけど……」
「この事故で犠牲になった人たちに悪魔が憑りついて、現場から姿を消したから遺体が残ってない、ってことだね」
車が行き交う道路を見つめながら、そう話し合う仁と花音。
改めて事件の概要を確認していく二人は、それについても話を進めていく。
「接触事故を起こしたのは普通の乗用車と小型のトラック、スピード違反をしたトラックが止まり切れずに相手の車に突っ込んだみたい」
「犠牲者はトラックの運転手と……巻き込まれた車に乗ってた男女二名、か……。クルピドとエラーズは二対一体の悪魔なんだよね? じゃあ、憑りつかれたのはこっちの人たちの可能性が高そうだ。やっぱり、カルの時みたいに生きたいって欲望を利用されちゃったのかな……?」
「……それだけじゃなさそうだよ。この二人、結婚間近の恋人だったみたい。事故に巻き込まれた時も、結婚式場で打ち合わせをした帰り道だったらしいよ」
「えっ……!?」
花音の言葉に、大きく目を見開く仁。
幸福の絶頂にいたはずの恋人たちを襲った痛ましい事故と、そのせいで悪魔に憑りつかれてしまったという悲しい結果にやり切れない感情を抱く彼であったが、その事故で犠牲になった男女の名前を目にした時、凄まじい衝撃が仁の心を揺さぶる。
「郁美と、亮太……? 確か、この名前って……!」
結婚を目前にして事故に遭い、死亡した恋人たちの名。
それは、昨日自分が遭遇した男女とまったく同じだった。
花音への贈り物を選ぶためにアドバイスをしてくれたあの女性が、明るく生気にあふれていた彼女が、悪魔だったかもしれない。
何かの偶然で、たまたま同じ名前のカップルがあの場所にいただけなのではないかと思いたかった仁であったが、それと同時に何か運命のようなものを感じてもいた。
もしかしたら……あの場での出会いは、偶然ではなかったのかもしれない。
蒼炎騎士の血を引く自分と、悪魔と化した恋人たち。両者が互いに引き合い、お互いに正体を知らぬまま出会った可能性もある。
それが聖騎士の運命なのかもしれないと、あり得なくもない可能性に思いを馳せた仁が複雑な表情を浮かべる中、そんな彼のことを心配する花音が声をかけてきた。
「仁くん? 大丈夫? なんか、顔色が変だよ?」
彼女の言葉に視線を上げた仁が、どう状況を説明すべきか迷いを見せる。
少し悩み、考え抜いた後、彼が発したのはこんな質問であった。
「あの、さ……目の前の人間が悪魔か人間かを判断する方法って、ないの?」
「目の前の人間を、判別する……?」
「そう。例えば……十字架を突き付けて苦しんだら悪魔~、とかさ。そういう調べる方法みたいなのってないのかな……って」
「ああ、そういうこと。それならあるにはあるよ。ほら、これ!」
そう言って花音が取り出したのは、どこか見覚えのある手鏡だった。
どこでこれを見たんだっけか……と考えた仁は、自分と花音が初めて出会ったあの晩に彼女が光を当ててきた際に使っていた物であることに気付き、ポンと手を叩く。
「教会で祝福を受けた特別な鏡! これを悪魔に憑依された人間に向けると、鏡の中に本当の姿が映し出されるんだ!」
「そうなんだ……って、ちょっと待って。ってことはあの日、君は僕のことを悪魔だと思ってたってこと?」
「しょうがないじゃん! あの時は誰がドラフィルに憑依されてたのかわからなかったし、仁くんがすごくそれっぽかったんだもん!」
あの夜の真実を知った仁が多少の物言いをつけるも、花音もまた決して間違ってはいない意見を口にしてそれに反論する。
もう随分と前に終わったことをここで口論しても仕方がないと考え直した仁は彼女の手から鏡を取ると、あっといった表情を浮かべる花音へと言う。
「これ、ちょっと借りてもいい? どうしても確かめたいことがあってさ……」
「……仁くん、聖剣のビジョンで何か見たの? 悪魔の正体っぽい人に見当が付いてるとか?」
「あ~……うん、そんな感じ、かな……? どうしてもその人が悪魔だなんて信じられないから、その前に確かめておきたくって……」
おおよそは当たっている花音の言葉を肯定しつつ、曖昧なことを言う仁。
そんな彼の顔をじっと見つめる花音は、小さな声でこう尋ねる。
「……クルピドとエラーズは降魔祭を開こうとしている。それが実行されたらどうなるか、わかった上でそういうことを言ってるんだよね?」
「……うん」
「そう……なら、その鏡は貸してあげる。ただし、それを使う時はあたしも一緒に行くから、その条件は飲んでよね」
「わかった。それじゃあ……行こう」
不用意に時間をかけることの危険性を天秤にかけた上でその行動が必要なのかと問いかける花音に対して、仁は少し悩んだ後で小さく頷いた。
ならばもう何も言わないと、ただし悪魔の本体と思わしき人物と会う時は自分も同行すると、そう条件を付けた花音を伴って、仁は昨日、郁美と亮太と出会ったあの小物店へと向かっていく。
どうかこの考えが間違っていてほしいと、自分の思い込みであってくれと……そう願いながら、彼は花音から借りた鏡を強く握り締めるのであった。
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