招待

「あら、昨日の坊やじゃない。どう? 彼女さんにプレゼントは渡せた?」


「……いえ、まだなんです。どうにも踏ん切りがつかなくって」


「だめよ、そんなんじゃ! 昨日も言ったでしょ? 大事なのはハート! あなたの気持ちをぶつけて、勝負しないと!」


 昨日と同じ雑貨屋の、これまた昨日と同じ場所。

 そこで立っていた仁の背にかけられる、明るい女性の声。

 その声に反応し、返事をした仁へと楽し気に話し続ける郁美は、身振り手振りを加えながら彼にアドバイスを続ける。


 仁の恋路を、行く先を、一生懸命に応援を応援しようと明るく振る舞う彼女の姿は、お節介だけど気のいいお姉さんにしか見えないだろう。

 僅かに笑みを浮かべながら郁美の話を聞き続けていた仁は、彼女の言葉が途切れると共にこう問いかける。


「……昨日、迎えに来ていた相手……お姉さんの恋人ですか?」


「え……? ふふっ、そうよ。私の愛する、フィアンセなの!」


「そうかぁ……そうなんですね。フィアンセってことは、結婚も間近なんですか?」


「ええ! もう準備も大方終わっていてね、あとは本番を迎えるだけなの! 本当に楽しみだわ……!!」


「……そんなに楽しみなんですか?」


 仁からの問いかけに一瞬だけきょとんとした郁美は、小さくはにかんだ後で首を縦に振る。

 男の子にはわからないでしょうけど、と表情で前置きしてから、彼女は自身の答えを彼へと告げた。


「すごく楽しみよ。純白のドレスを着て、愛する人と将来を誓い合う。大勢の人たちからの祝福を受けながら、二人で新たしい人生の一歩を踏み出す……女の子は、そういうものに憧れる生き物なの。あなたの恋人さんも、きっとそうよ」


「……多分、違います。彼女もきっと、結婚に憧れている部分はあると思う。綺麗なドレスを着て、愛する人と結ばれる未来を夢見ている少女であるとも思います。だけど……だなんて、思ってないはずだ」


 その一言を聞いた瞬間、明るかった郁美の表情が無になった。

 彼女の反応から全てを察した仁もまた、懐から花音に借りた鏡を取り出し、それを彼女へと向ける。


 聖なる祝福を受けたその鏡が反射した光を浴びても、郁美は一切動じない。

 ただ、その鏡の中に映った彼女の姿は、血に染まった花嫁衣裳を纏った、醜悪な怪物と化していた。


「……そう、そうだったのね。あなた、そうだったの」


「……はい」


 お互いの正体を理解した仁と郁美が、悲しそうに俯きながら呟く。

 鏡を懐にしまい、再び顔を上げた仁は、自分を見つめる郁美に対して、はっきりと告げた。


「あなたたちに、式を挙げさせるわけにはいかない。それを許せば、大勢の人々の命が奪われることになる。だから――!!」


「ええ……わかってる、わかってるわ。かわいくて、強くて、本当に……優しい子ね、あなたって」


 ほんの少しの関わりしか持っていないだろうに、自分を斬ることに対して罪悪感を持っているであろう仁の言葉に笑みを浮かべる郁美。

 それでも、自分の我欲を許してしまえば、降魔祭の決行によって召喚された悪魔たちが人々の魂を貪り食らうということを知っているからこそ、己の使命を果たすべく彼は戦おうとしているのだろうと……そう理解した彼女は、いつの間にか姿を現した亮太の手から真っ赤な封筒を受け取ると、それを仁へと差し出す。


「どうぞ。私たちの式の招待状よ。時間は今晩零時、場所はその招待状が導いてくれるわ」


「本当は、君にも祝福してほしかった。郁美が気に入った男の子だ、きっと俺たちの未来を祝福してくれただろう……君が聖騎士だったことが、本当に惜しいよ」


「……僕もです。あなたたちが悪魔でさえなければ、素直に祝福できました。本当に……残念です」


 少しだけでも運命のボタンが掛け違ってくれていたら、こんな悲しい思いはせずに済んだのだろうか?

 悪魔と化した郁美たちと、聖騎士として彼女らを斬らねばならない自分との間にある悲壮な運命に招待状を持つ手をぶるぶると震わせる仁の横から、能天気で明るい声が響く。


「ねえ、悪いけどもう一枚招待状を貰える? あたしも参加するからさ」


「あら……!!」


 ひょっこりと顔を出した花音の存在に気付いた郁美が、口に手を当てて驚きを表す。

 花音と、仁と、その関係をなんとなく把握した彼女はふふふと笑った後、彼女の言う通りにもう一枚の招待状を手渡した。


「……生きていれば、あなたたちはいいカップルになったと思うわ。私たちにも負けない、本当にいい恋人になれたと思う」


「ああ……今夜、僕たちか君たちかのどちらかは死ぬ。どちらにせよ、僕たちは生きて君たちの未来を見届けることはできないようだ」


「……一つ、言っておくね。悪魔に憑依された時点で、あなたたちはもう死んでる。本来のあなたたちでもなくなってる。あなたたちにはもう、未来なんてものはないんだよ」


 悪魔に憑依された時点で、郁美も亮太も人としての生を終えているのだと、辛辣な口調で言い放つ花音。

 しかし、そんな彼女の言葉にも一切動じないまま、二人はこう返す。


「それがなんだっていうの? 例え死が相手だろうと、私たちの幸福を妨げることなんて許さない。人としての未来がなかろうが、どれだけの命を犠牲にしようが、私たちは……幸せな式を挙げて、二人で祝福されるの」


「郁美の幸せが俺の望みだ。彼女が望むなら、俺はなんだってしてみせる。君たちが俺たちの幸せを邪魔するというのなら、容赦はしないよ」


 その言葉に、仁も花音も何も言い返さない。

 仁は瞳を閉じたまま、花音は口を閉ざして二人の顔を見つめたまま、無言で郁美と亮太の狂気を受け止めている。


 わかっていたことだ、彼らが普通ではないなんてことは。

 悪魔に憑依されるだけの強い欲望を、歪んだ願望を、狂気を滲ませながら言葉とする二人の異常性を改めて感じ取った仁たちへと郁美が言う。


「今夜会いましょう、かわいい聖騎士と悪魔祓いのコンビさん。きっと、楽しい結婚式になるわね」


 それだけ言い残して、郁美と亮太は店を出ていく。

 仲睦まじく手を繋ぎ、幸せそうに肩を寄り添わせて歩くその姿は、どこからどう見ても普通の恋人同士だ。

 だが、彼らはもう人ではない。大勢の人々の命を奪い、そして更なる狂気を放つ計画を企てている悪魔なのだ。


 その背を黙って見つめていた仁と花音は、言葉を交わさずともお互いの想いを汲み取り合っていた。

 止めなければならない、と……かつては幸せな恋人同士だったであろう郁美たちの魂をこれ以上汚させるわけにはいかないと、そう心の中で強く決意した二人の瞳には、確かな覚悟の光が宿っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蒼炎の十字騎士 烏丸英 @karasuma-ei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ