episode2 母親《Mother》

故郷

「怪我はもう大丈夫そうだね。後遺症もなさそうだし、本当によかった」


「元々、大した怪我じゃあなかったのに心配し過ぎよ。でも、ありがとうね」


 仁が『C.R.O.S.S.』への加入を目指して活動し始めて、およそ一か月の時が過ぎた。

 カルを倒してからは組織から新しい指令が届くこともなく、彼は比較的穏やかな日々を過ごしている。


 一応、花音に悪魔祓いエクソシストや聖騎士について教えてもらったり、体術の指導を受けたりといったことはしているが、本格的な戦いには臨んではいない。

 そんな日々を送る中、二人は久方ぶりに『光の家』を訪れ、仁はシスターに近況報告をしていた。


「本当にごめん。もっと早くに顔を出そうと思ってたんだけど、色々とバタバタしててさ……」


「いいのよ。あなたも忙しいことはわかってるから。それにしても……たった一か月だというのに、なんだか随分と変わったような気がするわね」


 一か月という長いようで短い期間顔を合わさなかっただけの仁の雰囲気が大きく変わったことを感じ取ったシスターが目を細めながら言う。

 仁自身は気が付いていないが、聖騎士として戦う覚悟を決め、少しずつ成長し始めた彼はここで過ごしていた時よりも精悍な青年になっているようだ。


 男子三日会わざれば刮目して見よ、だなんて言葉があるが、それは結構正しいのかもしれないとシスターは思う。

 そんな育ての親からの温もりに満ちた眼差しを気恥ずかしく思う仁が窓の外へと視線を向ければ、そこには庭の片隅でしゃがみ込み、手を合わせる花音の姿があった。


「……あの子、お友達のことを弔っているのよね」


「うん、そうだと思う」


 仁と同じく、手を合わせる彼女の姿を見たシスターが静かな声で呟く。

 一か月前にここで悪魔に食われて死んだ戦友ダバの魂を弔っているであろう花音の心境を思うと、仁もまたなんともやり切れない気持ちになった。


「……彼女とは、いい関係を築けているの?」


「……うん。少し振り回されてる気はするけど、お互いに信頼を築けているとは思うよ」


 仁の言葉に嘘はなかった。

 確かに最初の任務の際には一時的に信頼関係にひびが入ったものの、そこからはお互いに隠し事をせずに色々なことを話し、改めて信頼を積み上げている。


 同じ屋根の下で生活し、一日の大半を共に過ごす間柄なのだ、話す機会はいくらでもあった。

 聖騎士としての訓練や悪魔祓いについての授業を受けたりする非日常と、普通(?)の同棲生活という日常を同時に経験する仁は、その両方で少しずつ花音のことを知り、花音もまた仁のことを理解しつつある。

 少しずつではあるが、仲良くなりたいというお互いの意思を共有し、関係を深めている実感のある花音を見つめていた仁は、手向けを終えた彼女が施設の子供たちに囲まれる様を目にして、小さく微笑んだ。


「お姉ちゃん、誰~? どこから来たの~?」


「仁兄ちゃんと一緒にいたけど、お友達?」


「おっぱいでっけ~っ! 何食べたらそんなになるの!?」


「わわわっ!? 一度に質問されたら困っちゃうよ~! 一人ずつ、順番でお願い!」


 きゃっきゃと騒ぐ子供たちから矢継ぎ早に質問を投げかけられた花音が自身も楽しそうに笑いながら彼らへと言う。

 シスターと共にそんな彼女たちの下へとやって来た仁は、苦笑を浮かべながら子供たちへと声をかけた。


「こら、お客さんを困らせちゃだめだろ? 珍しがるのはわかるけど、相手のことも考えなきゃ」


「あっ、仁兄ちゃん! 久しぶり! 元気にしてた!?」


「好き嫌いせず、ご飯食べてる? 夜は布団を蹴っ飛ばしたりしてない?」


「それは僕がお前たちに聞くことだって。我がまま言って、シスターを困らせてないよな?」


 一か月ぶりの会話を楽しみ、弟や妹のように思う子供たちとの交流を楽しむ仁。

 そんな中、一人の子供が意地悪く笑いながら、定番の質問を投げかけてくる。


「仁兄ちゃん! このお姉ちゃんって、もしかして兄ちゃんの彼女なの!?」


「うぇっ!? いや、別にそんなんじゃあ……」


「ふふふ……! どうなの、仁兄ちゃん? あたしのことをどう思ってるのか、教えてほしいにゃ~!」


「君も悪ノリしないでよ! まったく、もう……」


 唐突な子供からのキラーパスに赤面した仁は、その直後に悪ノリした花音から同じ質問をされて恥ずかしさをごまかすように呻いた。

 彼女の試すような視線と、自分を取り囲む子供たちのキラキラとした機体の眼差しを受けた彼は、暫し悩んだ後で……自身の正直な想いを言葉として伝える。


「彼女とか、恋人じゃあないよ。強いて関係性を言葉にするなら……相棒かな? 信頼できるパートナーってところ」


「おお~っ! 相棒……!! なんか大人っぽくてカッコイイ!!」


「相棒のお姉ちゃん! 仁兄ちゃんのこと、よろしくお願いします!! 兄ちゃん、こう見えて抜けてるところがあるから迷惑かけるとは思うけど……仲良くしてあげてください!」


「……どの目線から言ってるんだよ、お前たちは」


 自分の言葉の一つ一つにはしゃぎ、騒ぐ子供たちの反応に苦笑する仁。

 そんな子供たちからの無邪気な言葉を受けた花音は大きな胸を大きく張ると、彼らに堂々とした態度を見せながら、こう言った。


「任せなさい! あなたたちのお兄ちゃんは、しっかりあたしが面倒を見させてもらうから! だからあなたたちは心配せず、よく学びよく遊んで、健やかに成長してね!」


「は~い!」


 まるで母親のように子供たちに言い聞かせる花音は、彼らの元気な返事を聞いて満足気に頷く。

 そうした後、自分を見つめる仁を見つめ返した彼女は、どんなもんだ、とでも言うように笑いながら首を傾げてみせるのであった。


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