結婚《Marriage》

入院見舞

「やっほー、お見舞いに来たよ」


 『C.R.O.S.S.』の息がかかった、とある病院。その一室を訪れた花音は、ベッドの上に横たわっている人物へと親し気に声をかけた。

 その声に反応し彼女の方を見た人物は、小さく微笑みを浮かべると口を開く。


「ありがとう、花音。忙しいのに、わざわざ来てくれて……」


「友達だもん、様子を見に来るなんて当たり前じゃん。気にしない、気にしない」


 お見舞いの品を渡しつつ、ベッドの横にある椅子へと腰掛ける花音。

 彼女が見つめる先にいる女性の名はゼラ。今より一か月と少し前、『光の家』でドラフィルと戦った際に負傷した、彼女の元チームメンバーだ。


 悪魔との戦いで重傷を負い、入院しているゼラは、今はその傷も癒えつつある。

 だが、しかし……体の傷は治っても、心の傷の方はまだまだ癒える気配はなかった。


「……ごめんね。本来なら私も、戦線に復帰していなくちゃいけないっていうのに、まだ戻ることができなくて。どうしても、気持ちの整理がつかないの」


「当然だよ。あたしだってそう。今は伊作司祭に命令されたからどうにか戦えてるだけであって、少しでも迷ったら立ち止まっちゃいそうになってるし……」


「それでも悪魔と戦って、試練に挑んでるんだもん。花音はすごいよ、本当に……」


「……ううん、あたしなんて大したことない。あたしより大変な目に遭ってる人が、すぐ傍にいる」


 今も心の傷が塞がらずに戦いに出ることができずにいるゼラと、傷だらけのまま、戦いに臨み続けている花音。

 付き合いの長い友人同士、普段は絶対に言えない本心を吐露し合った二人の話題は、別のものへと移行していく。


「……聞いたよ。今、聖騎士の付き人やってるんだって? 変なこと、されてない?」


「大丈夫! 今、同じ家に住んでるんだけど、全然手出しする素振りを見せないからさ! ヘタレっていうか真面目っていうか……とにかく、そういう心配はないよ!」


「同じ家に住んでる!? 嘘でしょう!? それも伊作司祭からの命令なの?」


「うん! ……司祭にも、色々と思惑があるみたい」


「……どういうこと?」


 年頃の男女が同じ屋根の下で寝食を共にしているだなんて……と驚くゼラを宥めようとした花音は、ついうっかり口を滑らせてしまったことに顔を顰めた。

 やっぱり長年の友人の前では気が緩んでしまうなと思いながら、ゼラになら話しても大丈夫かと考えた彼女は、小さくため息を吐いてから笑顔でこう言う。


「司祭から極秘で命令を出されてるんだ。蒼炎騎士と関係を深め、彼の子を産め……ってさ」


「子を産め、って……!? 結婚しろってこと? 出会って間もない聖騎士と!?」


「今すぐってわけじゃあないんだろうけど、将来的にはそうしろってことだと思うよ。潰えたと思われていた蒼炎騎士の血を引く人物が見つかったんだもん、それを存続させるのも『C.R.O.S.S.』の役目の一つでしょう?」


「……蒼炎騎士はそのことを知ってるの? あなたの家族は?」


「仁くんは何も知らないよ。知ってたら、伊作司祭のことを信頼しなくなると思う。家族の方も知らない。うちはゴリゴリの聖騎士嫌いばっかりだし、今、こうして聖騎士とコンビを組んでることも教えてないからさ」


「じゃあつまり、今回のことは完全に伊作司祭の独断ってこと!? そんなの、あなたの意思はどうなるのよ!?」


 花音の人生を無理矢理に決める命令を出した伊作へと、憤慨するゼラ。

 そんな彼女とは真逆に落ち着いた雰囲気を見せている花音は、大きく伸びをしてからこんな答えを口にする。


「最初はまあ、戸惑ったりしてたけど……最近は別にいいかなって、そう思えてきたんだ」


「え……?」


「大体二か月くらいだけど、四六時中一緒に過ごしたり、悪魔と戦ったりしてたらね、相手のことがなんとなくだけどわかってくるもんだよ。悪魔祓いに偏見のない、底抜けに優しい聖騎士見習い……それが、あたしの目から見た彼の評価。まだ少し頼りなくはあるけど、人生の相棒として連れ添うのも悪くないかなって、そう思ってる。聖騎士と悪魔祓いの間に存在するわだかまりを解消する、いい機会になる可能性もあるしね」


 本当にあっさりと仁との結婚を前向きに考えていると述べる花音の表情に、嘘や無理をしている様子は見受けられない。

 彼女が本心からこう言っているのだと理解したゼラは、驚きの表情を浮かべた後で顔を伏せると、か細い声で花音へと尋ねる。


「……好きなの? その男が……?」


「……わかんない。嫌いじゃないし、相棒として悪くないかなって、そう思ってるだけ」


「……そう」


 答えを聞き、最後に絞り出すようにして呟きを発したゼラの手には、革の鞘に納められたナイフが握られていた。

 それが今は亡き三人目のチームメンバー、ダバのものであることを知っている花音は、押し黙ったままの彼女のことを無言で見つめ続ける。


 考えるまでもなく……ゼラもつらいのだろう。

 想い人を悪魔との戦いで亡くし、身も心もズタズタになって、されども周囲の人々は彼女が戦いから逃げることを許してはくれない。


 これから先、彼女はどうなるのだろうか? 自分が仁と共に三体目の悪魔を討滅したら、ゼラも卒業試験を合格したという扱いになるのだろうか?

 仮にそうだったとしても、今のゼラが悪魔祓いとして戦うことができるかと問われれば、答えは否だと返すほかない。

 まだまだ、彼女の傷が癒えるまでには時間がかかるだろう。


「……そろそろ行くね。またお見舞いに来るよ」


「……ええ、ありがとう。無理はしないでね、花音」


 自身も傷付いているであろうに、それでも友人として自分のことを心配してくれるゼラの言葉に、花音は大きく頷いて大丈夫だと応える。

 久方ぶりの友人との話を終え、病室を出ていった花音は、彼女の分まで頑張ろうと固く心に誓うのであった。

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