夜這誘惑
「あたしの家はね、結構高名な悪魔祓いの名家なんだ。先祖代々『C.R.O.S.S.』に参加してるし、あたしも子供の頃から悪魔祓いになるための訓練を積んできた。それでまあ、似たような境遇の子たちと同じく組織が運営してる育成機関に通って、今は中等部の卒業試験に臨んでる、ってわけ」
荷解き、夕食、入浴とやるべきことを全て終え、就寝のためにベッドに潜った仁は、花音から彼女の身の上話をされていた。
自分もそこそこ特殊な人生を歩んできたと思っていたが、世の中には想像もできないような不思議な道を歩む人間もいるのだなと、
「聖騎士と悪魔祓いは協力関係にあるんだけど……正直な話、そこまで仲がいいってわけでもないんだよね。お互い、相手に対して偏見を持ってるっていうかさ……」
「同じ悪魔と戦う人間同士なのに?」
「うん。悲しいけど、そういうもんだよ。まあ、こんな話を聞かされても仁くんが嫌な気持ちになるだけだと思うから省略するけどさ……あたしとしては、仁くんみたいに偏見のない人が聖騎士になってくれるのは嬉しいものがあるんだよね。正しい意味で、聖騎士と悪魔祓いが手を組めるじゃん」
パジャマ姿の花音が嬉しそうに笑いながら弾んだ声で言う。
仁には彼女が語る聖騎士と悪魔祓いの確執はわからないが、共に協力して悪魔の脅威に対処したいという部分に関しては、大いに同意できた。
「だからさ、仁くんとはいい関係を築けたらいいなって思ってるんだ。卒業試験とか、課題とかを抜きにしても、仲良くできたら嬉しいって思ってる」
「……うん、僕も同じ気持ちだよ。そっちの事情とかはわからないけど、わからないからこその利点とかもあるだろうし……僕も君といい信頼関係を築いていけたらなって、そう思ってる」
「やった! それじゃああたしたち、仲良くなりたい者同士ってわけだ! なら、きっといい相棒になれるよね?」
仁の好意的な返事に浮かべていた笑みを強めた花音は、万歳をするように両腕を上げてそのことを喜んだ。
そうした後で一旦落ち着いた彼女は、ニコニコと笑ったまま仁へと言う。
「お話に付き合ってくれてありがとう! 今日は引っ越ししたばっかりで仁くんも疲れてるだろうし、そろそろ寝よっか! その内、『C.R.O.S.S.』の支部……聖堂って呼ばれてるんだけど、そこから悪魔討伐に関する指示が来ると思うから、それまで待機ってことで! じゃ、おやすみ~!」
「はい、おやすみなさい」
手元にあるリモコンを操作し、部屋の照明を落とした花音へと就寝の挨拶をした仁は、瞼を閉じると小さく息を吐いた。
まだ少し落ち着かない感じはあるが、これからはこの非日常的な毎日に慣れていかなければならないのだと……そう、自分に強く言い聞かせながら一日の疲れを癒すべく眠りに就こうとした彼であったのだが……?
「うん? ぐえっ……!?」
鼻の辺りに何かこそばゆい感覚が走ったかと思った次の瞬間、突如として掛け布団を剥がされると共にそれなりの重量を持った何かが腹に圧し掛かってきたことに、仁が驚きながら悲鳴に近しい呻きを上げる。
いきなり何が起きたのかと、混乱しながら目を開けた彼が暗闇の中で目にしたのは、妖しい笑みを浮かべて自分の腹にお尻を乗せている……全裸の花音の姿だった。
「な、な、な、何を……っ!? ど、どうして裸……!?」
「え~? ……何をするかなんて、決まってるじゃん。仁くんもわかってるでしょ?」
先程までの無邪気な笑みを引っ込め、蠱惑的で淫靡な表情を浮かべている花音が、仁の両手を取る。
左手をそのたわわな胸に、右手を丸みを帯びた尻へと運び、体躯に見合わぬ大きさと重さを持つそこの感触と女体の温もりを味わわせるように触れさせた彼女は、熱を帯びた甘い声で仁へと囁いた。
「仲良くしてくれるって、言ったよね? なら、これが一番手っ取り早い方法だと思うんだけどな~……!」
「ぼっ、僕は! そんなつもりで言ったわけじゃ――」
「ふ、ふふっ……! そんなに嫌がらないでよ、傷付くじゃん。別に、仁くんには損のない話なんだしさあ……気軽に、楽しんじゃいなよ」
「ぐうっ!?」
そっと、仁の頬に手を添えた花音が顔とか音の距離を縮めていく。
艶めかしく舌なめずりをしてふっくらと膨れた花弁のような唇を潤わせた彼女は、そこから甘い誘惑の言葉を仁へと囁きかける。
「何をためらう必要があるの? 誘ったのはあたしの方なんだから、ラッキーだと思って手を出しちゃいなよ。据え膳食わぬは男の恥っていうしさあ……それに、あたしたちは悪魔と命懸けで戦う身、明日には死んじゃってるかもしれないじゃん。なら、童貞のまま死ぬのももったいない話でしょ? お互いにいい思いをして、少しでも未練をなくしておこうよ」
もっともらしいことを言いながら、誘惑を続ける花音。
ドクン、ドクンと早鐘を打つ心臓の鼓動が、彼女の声を耳にする度に激しくなっていくことを感じる仁は、荒い呼吸を繰り返したままその話を聞き続けている。
「ほら、安心して……な~んにも、怖いことなんてないよ。一緒に気持ちいいこと……しよ」
そうして、彼の抵抗が弱まってきたことを感じ取った花音が本格的な捕食にかかる。
落ち着きのない呼吸を繰り返す仁の唇へと狙いを定めた彼女は、ゆっくりと自身の唇をそこに重ねるべく顔を近付け、胸の果実を押し潰すように彼の体へと倒れ込み、そして――
「や、やっぱ、だめだっ!!」
「わわっ!? ひゃあっ!?」
――突如として大声で叫び、覚醒した仁に弾き飛ばされ、ベッドの上から転げ落ちてしまった。
ころんころん、と上手くフローリングの床の上で受け身を取り、痛みを最小限に抑えた花音が体勢を整えると同時に、仁がリモコンを操作して部屋の明かりをつける。
ベッドから飛び起きた彼は、未だに全裸な花音の姿を目にして大慌てで目を逸らすと、自身の掛け布団を彼女へと放ってから、声をかけた。
「乱暴なことをしてごめん! でも、やっぱりこういうのはだめだよ! 僕たちはまだ子供だし、出会ったばっかりだし……刹那的な快楽を求めてそういう行為に耽るっていうのは、やっぱり良くないって!」
「……ぷっ! あはは、あはははははっ!!」
顔を真っ赤にして、未だに自分と目も合わせられないような状態で、それでも自分にとっての正しさを説く仁の姿をやや惚けた表情で見つめていた花音は、不意に噴き出すと、大声で笑い始めた。
その反応にぽかんとする彼へと、ひとしきり笑った後で視線を向けた花音は、人差し指をびしっと突きつけながら明るい声で言う。
「合格っ!! いや~、すごいよ仁くん! あたし、感動しちゃった!!」
「……へ?」
なにがなんだかわからない、といった顔をしている仁へと、裸の状態にも拘わらずどこからか白い羽ペンを取り出した花音がそれを見せつけるように揺らす。
ゆらゆらと揺れる羽ペンと彼女の顔を交互に見比べる彼に対して、花音は楽し気な口調で解説を行っていった。
「これはね、聖鳥の羽から作ったペンで、悪魔祓いがまじないをかける時に使う道具なの。さっきこれで、仁くんの意識を朦朧とさせつつ、性欲を引き出すまじないを書けたんだけど……仁くんは見事、それを跳ね除けました! まさかここまではっきりと拒絶されるだなんて思ってもみなかったから、ちょっとびっくりだよ!」
ニコニコ顔の花音の話を聞いた仁は、彼女に覆い被さられる前に鼻の辺りにこそばゆい感覚が走ったことを思い出す。
あれは彼女が羽ペンを走らせた時の感触だったのかと、そう納得した彼は、当然の疑問を口にした。
「な、なんでそんな真似をしたのさ? こんなこと、する必要あった?」
「あるよ! 悪魔っていうのは人の欲望を突くのが実に上手なやつら、仁くんがそんな悪魔たちからの囁きを拒むことができるかどうかを確かめるのは、必要なことでしょ? それに、あたしと仲良くしたいって言葉も下心あってのものなのかどうかも確認しておかなきゃだめじゃん!」
「う~ん……まあ、そうかもしれない、か……?」
もしも自分が誘いに乗っていたらどうなっていたんだとか、ここまで過激なことをする必要はあったのかとか、聞きたいことは山ほどあるが……とりあえず、花音が何を思ってこんな真似をしたのかがわかっただけでよしとしよう。
そう考え、この騒動にピリオドを打とうとした人であったが……そんな彼の前で体を隠していた掛け布団を放り投げた花音が、堂々と裸体を晒しながら口を開く。
「ささっ、おふざけはここまでにして、仁くんも着替えて!」
「うわあっ!? き、着替える……っていうか、服を着るのは君だけでしょ!?」
「違う違う、そうじゃなくって……ほら、これ!」
羞恥心を欠片も感じさせない露出っぷりを披露した花音に背を向け、部屋の隅に蹲る仁。
もうこれ以上、彼女に翻弄されてなるものかと意志を強く持つ彼であったが、なんだかんだで花音に声をかけられて振り向いてしまう。
そして、三日前に見た、黒い外套とショートパンツ姿になっている彼女の姿と、その手に握られた金の押印で封がされている手紙を目にした彼は、大いに驚くと共に目を見開く。
「来たよ、指令。さあ、あたしたちコンビのデビュー戦だ! 張り切っていこう!!」
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