通魔事件
「ねえ、やっぱりこの格好目立たない? 普通に人目を引くと思うんだけど……」
「大丈夫! あたしたちの服にはまじないがかけられてて、普通の人から見えにくくなってるから!」
「僕、君と初めて会った時、普通に君の姿が見えたんだけど……?」
「それはあたしが一人きりだったのと、仁くんが蒼炎騎士の血を引く人間だったからだよ! つまり、特例中の特例!」
黒の外蓑の下に、胸の谷間が見える白のシャツ。下半身はまたしても黒のホットパンツという中々に目立つ格好をしている花音の言葉に、いまいち納得できないように顔を顰める仁。
彼女は平然としているが、どうしたって似たような格好をしている自分の方は落ち着いてはいられないよなと思いつつ、現在の自分の服装をちらりと見やる。
一言でいうならば、大体が黒。
シャツからズボン、履いているブーツに至るまでが黒一色で統一されているその服装は、夜闇の中でも逆に目立ちそうだ。
その上から黒みがかった青色のロングコートを羽織り、更に首にはあの十字架を改造して作ったロザリオを下げている仁は、自分の姿にやっぱり目立つんじゃないかという感想を抱きながら、とりあえずは花音と共に夜の街を歩んでいた。
時刻は深夜に差し掛かる頃だが、街中を歩いているお陰か人の数はそこそこ多い。
自分たちがどこに向かっているのかわからないまま歩き続けていた仁であったが、不意に花音から声をかけられると、はっとした表情で隣を歩く彼女の方へと視線を向けた。
「さて、それじゃあ今回のお相手について話させていただきましょうかね。とりあえず、これを見て」
そう言いながら、外套の内側からスマートフォンを、胸の谷間からは数枚の写真を取り出し、それらを仁へと差し出す花音。
さっきの羽ペンもそうだが、どこにこれらの品々を隠しているんだと思いつつ、仁は言われるがままに写真とスマートフォンの画面に目を落とす。
「最近、ここいらで連続通り魔事件が多発してるんだよね。スマホに写ってるのはその事件の概要と犠牲者、行方不明者の情報で、写真の方は秘密裏に手に入れた犯行現場の光景だよ」
「うえっ……!? こ、こういう写真を見せる時は、先に言ってよ……」
写真に写っているのは、あまりにも凄惨な現場の光景だ。
鋭利な刃物で何度も突き刺され、息絶えた後にもメッタ刺しにされたであろう血まみれの犠牲者たちの写真を何の心構えもしないまま目にしてしまった仁が花音に苦言を呈するも、彼女は小さく舌をペロリと出しただけで特に何も言うことはない。
一枚、二枚、三枚……と、予想以上に多い事件現場の写真を確認していた仁であったが、その手が途中でぴたりと止まった。
「これ……この写真から、死体の状態ががらりと変わってる。メッタ刺しじゃなくって、体の一部だけが放置されるようになってる……」
「そう、その通り。さて、ここで仁くんに問題です。これらの情報からわかることはなんでしょう?」
五枚目の写真、そこに写されていた犯行現場の……いや、犠牲者の遺体の状態は、それまでのものとは明らかに変わっていた。
血の量、遺体の損傷度合い、それらが一変した、体の一部のみが残された現場の写真を目にした仁がその変化で抱いた違和感を口にすれば、花音が続けて質問を投げかけてくる。
慌てず騒がず、普通に考えられる解答を導き出した仁は、彼女に四枚目と五枚目の写真を見せつけながらこう述べた。
「これと、これ……この二つの事件の間に、犯人が変わった。最初に通り魔殺人を行った人物と今現在犯行を続けている人物は、別人だ」
「大正解! まあ、このくらいは簡単にわかるよね~! ……ここで追加情報ね。五件目の事件の被害者は、警察が一連の通り魔殺人の犯人だと目を付けていた人物だった。つまりはそういうこと、だね」
言葉にせずともわかるだろう? と言わんばかりに肩をすくめる花音に対して、大きく頷く仁。
五件目の事件の被害者だった人物は、一連の通り魔殺人の真の犯人ということで……殺される前も獲物を求めて夜の街をぶらついていたのだろう。
そこで運悪く悪魔に遭遇し、食われ……犯人を食い殺した悪魔は、彼に代わって通り魔殺人を継続している、ということだ。
「でも、どうして悪魔が通り魔殺人をしてるんだ? 理由はなんなんだろう?」
「ただの偶然じゃない? ご存じの通り、悪魔は人を食い殺す化物。食べた男がたまたま通り魔殺人の犯人で、たまたまその事件が起きてた地域を縄張りにして、定期的に食事のために人を食べてるから、通り魔殺人に見えるだけなんじゃないの?」
「そうかな? それにしては、おかしなところがあると思うんだけど」
「うん? どこが変なのかにゃ~?」
「悪魔が犠牲者の体の一部を残してることだよ。これ、普通に考えておかしいよね? その、言いにくいことだけど……前に僕たちの目の前で食い殺されたダバって人は、死体が一切残らなかった。血も肉も骨も、その存在そのものが食い尽くされたみたいにだ。だけど、この悪魔はせっかくのご馳走をわざと残した上で、通り魔事件尾痕跡として現場に放置してる。妙だよ、これは」
以前に目撃した、悪魔が人を捕食した時の光景を思い返しつつ、その状況と今回の事件を照らし合わせた仁が意見を述べる。
まるで悪魔が通り魔事件を引き継いで行っているかのような、ただ人間を食らっているだけとは思えないその行動に対して違和感があるという彼に対して、黙って話を聞いていた花音はぱちぱちと手を叩くと感心したような口調で言った。
「すごいね、仁くん! デビュー戦だっていうのに、そこまで考察ができるなんてさ! ご褒美にキスしてあげよっか?」
「そ、そういうのはいいよ。それより、君はどう思ってるの?」
「う~ん……わかんない! 人間のあたしたちが悪魔の考えを理解すること自体が無駄じゃん? 大事なのは、犠牲者が出る前にそいつを仕留めることでしょう?」
あっけらかんとそう言い切り、考えることを放棄したような反応を見せる花音。
だが、しかし……仁は、そんな彼女の言動に何か妙な感覚を抱いていた。
まるで自分に何かを隠しているかのような、そんな不可思議な感覚。
悪魔の思考や、仁が抱いている疑問への答えを知っていながら、それを敢えて彼に教えないようにしているように思える花音の雰囲気に、一抹の不信感が芽生える。
(……いや、考え過ぎだ。もしも彼女がこの疑問の答えを知っていたとして、どうして僕にそのことを教えない? 普通、こういう情報は共有するはずだろう?)
そうやって芽生えた花音への不信感を、仁自身が否定する。
彼女が答えを教えない理由が見つからないし、そもそも何の根拠もない自分の直感による考えでもあるのだから、それで彼女を疑うことが失礼だろうと、そう考え直した仁は、小さく息を吐いて呼吸を整えた後に、花音へと声をかけた。
「それで、どうやって悪魔の居場所を探るの? このままパトロールを続ける?」
「ううん、そんな非効率的なことはしないよ。昼間の内に、仕込みはしておいたから」
そう言いながら自身の左腕を伸ばし、手首に巻かれたブレスレットを見せつける花音。
白や黒、茶色といった様々な色と形をした石で作られているそれを見た後で再び彼女の顔へと視線を向けた仁へと、花音が詳しい解説を行う。
「昼の間に、この辺り一帯に探知網を張っておいたの。その内のどれかに悪魔が引っかかれば……それに応じた石が光る、ってわけ」
仁も知らぬ間に悪魔探知の策を実行していた花音が得意気にそれを告げた瞬間、ブレスレットの石が淡い光を放った。
お互いに顔を見合わせ、再びその石を見つめた後、花音が口を開く。
「早速お出ましみたい。急ごう!」
「ああ、わかった!」
花音先導の下、悪魔の出現地帯へと向かう二人。
走りにくいと思っていた格好だが、思った以上に動きやすいではないかと特製の衣類の性能に感嘆しながら、仁は懸命に花音の背を追って駆けていく。
夜の闇を切り裂くように、人の間を風のようにすり抜けながら、悪魔の凶行を止めるべく疾駆する仁と花音。
やがて、石が指し示す場所に辿り着いた二人が目にしたのは、凄惨で残酷な犯行の現場だった。
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