聖遺物

「……あの怪物は悪魔。地獄から人間界へと這い出て、人の命を食らって成長し続ける異形の怪物。あたしたちはそれを狩る組織に所属してる悪魔祓いエクソシスト、まだ半人前だけどね」


 数分後、家の中に入った仁とシスターは、謎の少女こと花音かのんから状況の説明を受けていた。

 静かに、淡々と自身の事情を語る彼女は、仁の目を真っ直ぐに見つめながら言う。


「あたしたちに与えられた任務は二つ。一つはあの悪魔、ドラフィルを倒すこと。だけど、あの悪魔は組織の想像を超えた成長を遂げてた。ぶっちゃけ、今のあたしたちが倒せるような相手じゃあない」


「じゃあ、どうするのさ? その組織に連絡を取って、応援を呼ぶことはできないの?」


「もうしてるけど、応援が来るよりもあたしたちが食われる方が早いと思うよ。今はなんとか時間稼ぎをしてるけど、それも限界があるだろうしさ」


「食べられるって……冗談じゃない! 任務だかなんだかしらないけど、人をそんな危ないことに巻き込んでおいてよくもまあそんなことを!!」


「……本当にごめん。信じてもらえるとは思えないけど、悪魔との戦いにあなたたちを巻き込むつもりはなかったの」


「でも実際、僕たちを巻き込んでるじゃないか! ここには子供たちもいるんだぞ? 僕たちだけならまだしも、あの子たちが殺されることになったら……!!」


「仁、お止めなさい。その子を責めても何も解決しませんよ」


 悪魔との戦いに一般人である自分だけでなく、子供たちやシスターをも巻き込む事態を作ってしまった花音を責める仁。

 そんな彼のことを制したシスターは、緊張感がにじみ出ていながらも努めて冷静に振る舞いながら花音へと質問を投げかける。


「花音さん、と仰いましたね? この窮地を脱する方法が何かあるのではないですか? だからこそあなたは、ここにお仲間と共に逃げてきたのでは?」


「はい、そうです。私たちの二つ目の任務……それは、この教会に存在しているであろうを回収することでした」


「聖遺物……って?」


「簡単にいえば、聖なる力を持つアイテム。悪しき者を退け、聖なる者を守る道具のこと。聖遺物は、悪魔に対する最強の切り札になる。あたしが使ってるこの銃も、一応は聖遺物なんだよ」


 そう言いながら、外套をはためかせて太腿を露出した花音が、そこに巻き付けてあるホルスターの中に納めてある拳銃を見せつける。

 先程まで悪魔たちを撃退するために使われていたそれを一瞥した仁が再び顔を上げて彼女の目を見つめれば、花音は一拍間を空けた後でこう話を続けた。


「あなたたちも見たでしょう? ついさっきまであたしたちのことを殺そうと襲い掛かってきた悪魔たちが、この教会の敷地内に入った途端に手出しを止めたところを。ここには悪魔を遠ざける程の強い力を持つ聖遺物がある。それを見つけ出して、使いこなすことができれば……ドラフィルだって、倒せるはずなんだ」


「……このままここで助けが来るまで籠城し続けるっていうのは不可能なの?」


「多分、無理。今、仲間が聖遺物の力を強めるための結界を張ってるけど、あのドラフィル相手にはそう長くはもたないと思う。だから、一刻も早く聖遺物を見つけないと……」


 未だに現実のものだとは思えない話ではあるが、花音の表情や声からは嘘や演技だとは思えない真剣さが感じられる。

 悪魔との戦いに巻き込まれたことに関してはそう簡単に許すことなどできないが……今は彼女の言う通りにした方がいいだろうと仁は思った。


「何か、何かありませんか? この教会に伝わる、聖なる何かが。それを見つけ出すことさえできれば、この危機を乗り越えられるはずなんです」


「………」


 この教会の責任者であるシスターを真っ直ぐに見つめながら、そう問いかける花音。

 彼女の言葉を受け、迷ったように視線を泳がせたシスターは……その果てに仁の姿を捉え、その目をじっと見つめた後、息を吐きながら言う。


「……一つだけ、心当たりがあります。すぐにお持ちしましょう」


「本当ですか!? ありがとうございます!!」


「シスター、疑ってるわけじゃあないけど、そんな大層な物がこの教会にあるの? 僕、これまで一度もそんな物を見たことないんだけど?」


 聖遺物に心当たりがあるというシスターの言葉を聞いて驚いたのは仁だ。

 これまで十数年間この教会で過ごしてきたが、そんな神々しい物があるだなんて話は一度として聞いたことがない。


 本当に聖遺物と思わしき物があるのかと、半信半疑で彼女に問いかけた仁であったが……シスターは、そんな彼の両手を取ると、苦しそうな表情を浮かべながら口を開いた。


「仁……私はずっと、こんな日が来るんじゃないかと思っていました。あなたをこの『光の家』に迎え入れたその時から、こうなる予感はしていたのです」


「シスター? 何を言って――」


 真剣で、悲しそうで、辛そうで……だけれども、これが自分と仁の運命だと受け入れるために必死になって感情を押し殺しているかのような、シスターの言葉。

 彼女が話す言葉の意味がわからずに困惑しながらも、その表情から目を離せないでいる仁に向け、彼女は言う。


「よく聞いて、仁。あなたがこの『光の家』の前に捨てられていた時、あなたは――」


 これまでずっと仁に黙っていた、彼自身の秘密。

 今こそそれを語らんとシスターが口を開いたその瞬間、外から闇をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。


 それが結界を張っていた花音の仲間、ゼラのものであることを直感的に感じ取った一同が表情を強張らせ、揃って窓の外を見やる。

 結界が破られ、悪魔が教会の敷地内に侵入してきたのだと……そのことを理解した仁と花音は、その場にシスターを残すと大急ぎで屋外へと飛び出し、その絶望的な光景を目にした。


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