聖剣覚醒
「ダバっ! ダバぁっ!! いやぁぁぁぁっ!!」
「ごっ、ぶっ……!!」
口から血を吹き、まともに喋ることすらできずに呻くダバ。
その胸に、結界を破り敷地内に侵入してきたドラフィルの手刀が突き刺さっている。
ちょうど胸のど真ん中に突き入れられたそれは、彼の体を貫通して背中まで届いていた。
ゼラの悲痛な悲鳴が響く中、勢いよくダバの体から自身の右腕を引き抜いたドラフィルは、彼を適当に放り投げると地上へと降りてきた部下たちへと声をかける。
「それはお前たちの分だ。思う存分……喰らえ」
「グガアアアアッ……!!」
「あっ、がっ、ぐあああああああぁぁ……!!」
ダバの体が、無数の悪魔たちに取り囲まれて見えなくなる。
蠢く灰色たちが上げる不気味な唸りに紛れて聞こえていた断末魔の悲鳴は徐々に小さく、弱々しくなっていき、それが完全に途絶えた後……再び見えたその位置には、もう誰の姿もなかった。
「あ、ああ、あ、あ……!!」
彼の得物である銀色のナイフだけを残し、影も形もなくなってしまったダバ。
その光景を目にした瞬間、仁も花音もゼラも、彼が悪魔たちに喰い尽くされてしまったことを悟る。
死んだ……ああもあっさり、自分の目の前で人が食い殺された。
じわじわと込み上げてくる恐怖に仁が握り締めた拳をぶるぶると震わせる中、真っ先に動いたのはゼラだ。
「よくも、よくも……ダバをぉおおっ!!」
傷付いた体に鞭を打ち、どうにか二本の足で立った彼女が札を取り出して攻撃の構えを取る。
仲間の仇を取るべく、最後の力を振り絞る彼女であったが……ドラフィルは、そんなゼラの足掻きを腕を軽く振るだけで粉砕してみせた。
「がふっ……!?」
「あまり暴れるな、余計に血が流れる。お前たち若い女の血は、一滴残さず我が薔薇に捧げるのだ。死を迎えるその時まで、大人しくしていろ」
まるで茨の鞭のような触手を伸ばし、それを薙ぎ払うことでゼラを叩きのめしたドラフィルが淡々と呟く。
彼の口振りから察するに、まだゼラは死んでいないようだが、あれではもう立ち上がることはできないだろう。
残っている悪魔祓いは花音だけ。戦えるのは、彼女のみ。
対して、相手側は強力な悪魔であるドラフィルに加え、大量の配下が『光の家』を取り囲んでいる状況だ。
この窮地を、どう脱する? 仮に彼女たちが探していた聖遺物が見つかったとして、それで本当にこの危機を乗り越えられるのか?
絶望的としか思えない状況に顔を青ざめさせた仁が花音の様子を伺ってみれば、自分が詰み寸前まで追い込まれていることを理解しているであろう彼女もまた、恐怖と絶望感に銃を握る手を震わせている様が目に映った。
それでも、まだ諦めるわけにはいかないとばかりに二丁拳銃を構える彼女に対して、ドラフィルが呆れた口調で言う。
「無駄な抵抗は止せ、悪魔祓いの少女よ。その銃では、俺に傷一つ付けられないことはわかっているだろう? 諦めて楽になれ。そうすれば、痛みを感じさせずに殺してやる」
「あたしは、悪魔の囁きには乗らない。例えどれだけ苦しくとも、最後の最後まであんたと戦って死ぬ道を選ぶ!」
「そうか、そういうことならば仕方ない。望み通り、相手をしてやろう」
そう呟いたドラフィルが立てた左腕を手招きするように動かす。
その瞬間、花音の背後の地面からゼラを薙ぎ払ったのと同じ茨の鞭が飛び出し、彼女を拘束すると共にきつくその体を締め付け始めた。
「しまっ……ぐっ、あぁっ!!」
脚から腕、胴体に至るまでを強く締め付けられ、その痛みに呻く花音。
武器である拳銃を取りこぼしてしまった彼女が苦悶の呻きを上げる中、ドラフィルは余裕たっぷりの様子でこう言う。
「ここで殺しはしないさ。抵抗させないために、全身の骨を砕く程度で済ませてやる。お前とあの女は、この薔薇に血を捧げるための生贄なのだからな……!!」
「ぐっっ、ううっ! うあああっ!!」
「くそおっ! 放せっ、放せよっ! この程度のツタがどうして切れないんだ!? うわっ!?」
メキメキという骨が軋む音を聞いた仁は、どうにかして茨の鞭に締め上げられる花音を助けようとそのツタを蹴り、彼女が落とした拳銃で撃ち、引き千切れないかと引っ張ったりしてみたが、その程度の攻撃で解ける拘束ではない。
逆に弾き飛ばされてしまった彼を一瞥したドラフィルは、ふぅと呆れたようなため息を吐くと共に『光の家』を見つめながら、配下の悪魔たちへと言う。
「その男も食っていいぞ。あの家の中には子供たちもいるようだが、女は全て俺に寄越せ。男は好きに食っていい」
「はぁっ、はぁっ……! 待て……! 子供たちに、手を出すな……っ!!」
地べたを転げ回った痛みに耐えながら立ち上がり、手にした銃をドラフィルへと向ける仁。
自分の足掻きが無駄であることはわかっているが、それでも子供たちやシスターを守らなければと戦う構えを見せる彼のことを、ドラフィルが嘲笑う。
「愚かな。無力な存在である人間が、上位悪魔である俺に抗うだと? 馬鹿も休み休み言え。何の力もないお前に何ができるというのだ?」
彼がその気になれば、仁の命は一瞬で奪われる。配下の悪魔たちに指示を出したとしたら、即座に無数の怪物たちが仁を食らうために群れを成して襲い掛かってくるだろう。
だが、それでも……諦めるわけにはいかない。自分がここで膝を折ってしまえば、『光の家』の子供たちやシスターの命運も尽きることになるのだから。
ここで倒れるわけにはいかない。諦めて、何もかもをドラフィルの思い通りにさせるわけにはいかない。
少しでいい、ほんの数秒だって構わない、自分の命を捨ててでも、奇跡を信じて戦い続けるのだ。
生への執念と死と諦めを拒絶する意志を瞳に浮かべ、爛々と眼を輝かせる仁。
その姿を目にしたドラフィルは忌々し気に舌打ちをすると、配下たちへと指示を出す。
「……お前たち、その目障りな人間を喰い尽くせ。無様に、情けなく、命乞いをするくらいに無残な殺し方をしてやれ。その断末魔を聞けば、俺のこの気分も多少は晴れやかになるだろう」
「やめ、ろ……っ! 殺すなら、先に、あたしから……あぐぅっ!!」
バサリ、バサリと羽ばたきながら地上に降下してきた悪魔たちが仁を取り囲む。
白濁した感情のない眼に彼の姿を映し、その命を食らわんと今にも飛び掛かろうな怪物たちに対して、仁は手にした拳銃を向けて威嚇し続けた。
(諦めて堪るか……! 僕だけなんだ。今、みんなを守れるのは……僕しかいないんだ!)
異形の怪物に取り囲まれて、その怪物に人が食い殺される様を見て、恐怖していないわけがない。
だが、その感情に負けて心が折れてしまえば、自分だけでなく自分の大切な人たちの命までもが奪われてしまうことを理解している仁は、彼らを守ろうとする意志で必死に心を奮い立たせていた。
自分をここまで育ててくれたシスターを、まだ幼い弟、妹分たちを、守る。
その意思のみで立っている仁が、握り締めた銃の引き金に指をかけた、その時だった。
「仁っ! これを受け取って!!」
背後から響く自分を呼ぶ声に振り返った仁は、こちらに向けて飛ぶ銀色の何かを目にして大慌てでそれを受け止める。
自分の手の中に収まったそれが小さな十字架であることと、それを投げて寄越したのがシスターであることを見て取った仁が彼女へと視線を向ければ、シスターは必至の形相を浮かべながら彼へと大声でこう叫んだ。
「仁、それはあなたがこの教会の前に捨てられていた時、手にしていた物です! その十字架には不思議な力がある! それを使いこなせるのは、持ち主であるあなただけ……! 守るのです、仁! あなたが守りたいと願うものを、あなた自身の手で! あなたには、それができるだけの力がある! だから仁、あなたは――ああっ!?」
「し、シスターっ!!」
自分へと必死に叫び続けていたシスターの体が、後方へと大きく吹き飛んだ。
壁に衝突し、動かなくなった彼女の姿を見て愕然とする仁の背後で、ドラフィルの忌々し気な声が響く。
「女は女だが……歳を食い過ぎているな。あんな醜い女の血を吸ってしまったら、我が薔薇も穢れてしまう。おい、そいつも食っていいぞ」
「みに、くい……? 醜い、だと……?」
「ついでだ、その男よりも先に子供たちを食らってやれ。そいつに自分の無力さを思い知らせた後で、無様な死を与えてやるんだ。弱い人間の死に様として、これ以上相応しいものなんてないだろう! フハ、フハハハハ! アハハハハハハ!!」
闇の中にドラフィルの高笑いが響く。一体の悪魔が気絶したシスターへと近付き、それ以外の無数の悪魔たちが子供たちの寝床を襲うべく空へと飛び立つ。
その中央で、十字架を握り締める仁の拳は……激しく震えていた。
だが、その震えの理由は恐怖でも絶望でもない。今の彼の内側で渦巻いている感情、それは……悪魔への怒りと、守る者としての覚悟だった。
許せない、自分の大切な人のことを醜いと嘲笑った悪魔を。
子供たちの命を何の躊躇いもなく食らい、未来を奪おうとしている悪魔たちの暴挙を、許すわけにはいかない。
食い殺されたダバの断末魔。彼の仇を取ろうとしたゼラの悲痛な悲鳴。
そして、苦しみながら今も悪魔に屈せずに戦おうとしている花音の無念さを、これまでドラフィルに殺され続けてきた人々の悲しみと怒りを感じ取った瞬間、仁を中心に青い炎が吹き荒れる。
「ガッ! ガビャッ……!?」
「な、なんだっ!? これは、いったい……!?」
静かな爆風が周囲に広がり、それに触れた悪魔たちが一瞬で灰と化していく。
シスターを食らおうとしていた悪魔も、空中を舞っていた悪魔たちも、花音を拘束していたツタでさえも焼き尽くしてしまったその炎の威力を目にしたドラフィルは、今夜初めて焦りの感情を抱いていた。
あれだけいた配下たちを一掃し、自分の肉体の一部であるツタさえも簡単に粉砕してみせたその炎の出所が仁であることを悟ったドラフィルが、注意深く彼の姿を見つめる。
同じく、拘束から解放された花音もまた、突然の事態に戸惑いながらも仁がいる方へと視線を向けていた。
「……何をした、人間? 貴様、どうやって我が配下を……っ!?」
正体不明の力を行使した仁へとドラフィルがこれまでとは違った感情を込めた声で問いかければ、彼はゆっくりとした動きでこちらへと振り向いてみせた。
そして、その右手に握られている巨大な直剣を目にした瞬間、悪魔は自らの体から血の気が引いていく感覚に襲われる。
「馬鹿な! 貴様、それは……!?」
「嘘、でしょ……? あれは……聖剣?」
手の中に収まる程度の大きさだった十字架が、眩い銀色の光を放つ直剣へと形と大きさを変えている。
薄っすらと揺らめく蒼い炎を纏ったそれが放つ凄まじいまでの聖なる力を感じ取った花音とドラフィルが言葉を失う中、守護者として覚醒した仁が悪魔へと鋭い視線を向けながら一歩、また一歩へと前に足を踏み出していく。
「……殺させない、食わせない、奪わせない。これ以上、お前に……僕の大切な人たちを、傷付けさせはしない!!」
手にした剣で空を薙ぐように、横一文字の軌跡を描く仁。
蒼炎を宿したそれは剣の起動に合わせて空中に残火を灯したかと思えば、仁はそれを断ち切るようにして両手で構えた剣で唐竹割りを繰り出し、蒼炎の十字架を作り出してみせた。
「あり得ない、そんな馬鹿なことがあっていいはずがない……! 初めて聖剣を手にしたはずの人間が、鎧を召喚するだなんてあり得ない!!」
宙に描かれた巨大な炎の十字架の中から、手甲が、脚甲が、鎧が、兜が、飛び出してくる。
銀と蒼に彩られたそれは一つずつ仁の下へと飛んでいくと共に彼の体に装着され、その姿を騎士のそれへと変貌させていく。
白銀の天使と龍を模した鎧を身に纏った仁は、爛々と輝く瞳に討つべき敵であるドラフィルの姿を捉えている。
そんな彼の姿を目にした花音は、ごくりと息を飲むと共に……その鎧を持つ者の称号を呟いた。
「蒼炎騎士ウリア……! まさか、こんなところに聖剣と鎧が封印されていただなんて……!!」
呆然とも、愕然とも取れる表情を浮かべながらそうこぼした花音の前で、一歩、また一歩とドラフィルとの距離を詰めていく仁。
鎧と共に燃え上がる蒼炎を纏う彼の姿に気圧されていた悪魔は、その怖れを振り払うように大きく首を振ると、無力な人間から自分たちの宿敵へと姿を変えた仁へと襲い掛かった。
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