蒼炎騎士
「あまり、調子に乗るな。聖剣と鎧を手に入れたばかりの小僧が、俺に勝てると思っているのか!?」
そう叫びながら腕から伸びる触手を振るうドラフィル。
地面を抉り、硬い石の壁を容易く粉砕する驚異的な一撃を見舞う彼であったが、仁は一切動じることなくそれを己の体で受け止めてみせた。
「なっ……!?」
自身の触手が仁に直撃した瞬間、ドラフィルは確かな手応えを覚えた。
だがしかし、目の前に立つ彼は一切動じることなくこちらへと歩みを進めてきている。
普通の人間ならば骨が砕け、下手をすれば体が両断されていてもおかしくない威力を誇っているはずの攻撃が、全く通用していない。
先の戦いとは真逆、花音の銃撃が自分に効かなかったように、自分の攻撃が騎士へと転身した仁にまるでダメージを与えられないことに衝撃を受けるドラフィルであったが、彼の不幸はこれでは終わらなかった。
「ふっ、はぁぁぁ……っ!!」
「なっ!? ほ、炎がっ!!」
攻撃に用いられた触手を掴んだ仁が気合を込めた唸りを上げれば、その手に蒼い炎が生み出される。
触手を伝って本体であるドラフィルの下へと瞬く間に駆け上ってきたその炎は、彼の肉体を焼き焦がす痛みを与えると共に、上位悪魔に初めての悲鳴を上げさせることに成功した。
「がっ、がああっ!! こんな、馬鹿なっ!?」
「……そうか。あいつ、薔薇を媒体として召喚された悪魔だから、炎に弱いんだ!」
ドラフィルの脳部分に納められている、血の色をした一輪の薔薇。
あれが悪魔を呼び出した元凶であると理解した花音が、炎に身を焼かれて苦しむドラフィルの様子から属性の優劣を感じ取る。
植物である薔薇を媒体として召喚されたドラフィルは、その特性を引き継いでいる悪魔。
つまり、炎に弱いという薔薇の特徴を受け継いでしまった彼は、そのままその致命的な弱点を抱えてしまっているのだ。
「君っ!! そのまま炎で奴を焼いてっ!! この戦い、あなたの方が圧倒的に有利だよっ!!」
花音の助言を受けた仁は、無言のままドラフィルに向けて駆け出した。
下段に剣を構え、一直線に距離を詰めてくる騎士の姿に初めて恐怖を抱いた悪魔は、肉体を焦がす炎の痛みに耐えながら反撃を行う。
「来るなっ! 来るんじゃないっ!! お前程度の人間に、第三位の悪魔である俺が倒されるなど、あってはならないのだっ!! 死ねっ、死ねぇっ!!」
触手による攻撃では手痛い反撃を食らうだけだと理解したドラフィルは、今度は種のようなものを吐き出して仁への攻撃を試みるが……やはり、彼は動じない。
堅牢な鎧に種は弾かれ、時に直撃する前に蒼い炎に包まれて焼失し、一切怯むことなく自分へと突進してくる仁の執念に完全に飲まれたドラフィルが一歩後退ったその瞬間、下方向から銀色の斬光が迫ってきた。
「はああああっ!!」
「ぬっ、ううっ!?」
蒼い炎を纏った剣による斬り上げ。咄嗟にそれを防ごうとしたドラフィルの両腕が、黒い血を噴き出しながら宙に舞う。
斬られた痛みも、傷口を焼く炎の熱も、何も感じられないままたじろいだ彼が体勢を崩した次の瞬間には、頭上まで振り上げられた剣が脳天目掛けて振り下ろされていた。
「うおおぉぉぉぉぉっ!!」
「ギィヤァァァァッ!?」
半透明のガラスケースを思わせる、ドラフィルの頭部。
彼の生きる意味であり、欲望の権化でもある薔薇が収められたそこに聖剣による一撃が叩き込まれる。
鋭い切れ味を誇る剣は容易く彼の頭を割り、その中に納められていた薔薇を蒼炎で焼き尽くして……そのまま、脳天から股に至るまでを一刀の下に斬り捨ててみせた。
斬り裂かれた左右の肉体のそれぞれからは蒼い炎が噴き出し、避けられぬ死を目前としたドラフィルの口からはうわ言にも近しい呻きが溢れ出す。
「ば、薔薇……俺の、私の、クリムゾン、ブラッド……永遠の美しさを、まも……がひゅっ」
悪魔の断末魔は、口から空気が漏れた音に似ていた。
ダバのように派手に叫ぶこともなく、意味のある言葉を残すこともできず……もう黙れとばかりに仁が繰り出した横薙ぎの一撃によって、縦に両断されていた首が斬り落とされる。
鎧を召喚した時と同じ、蒼炎の十字架を描いて悪魔を屠った仁は、そのままドラフィルの肉体が完全に燃え尽きるまで黙ってその様子を見守っていた。
やがて炎が消え、辺りに静寂が戻った頃……蒼と銀の光を放った彼は、身に纏っていた鎧を消滅させると共に花音の方を見やる。
「終わった、のか……? 僕は、みんなを……」
「あっ!? ちょっと、君っ!?」
本当に悪魔を倒すことができたのか? シスターや子供たちを守ることができたのか?
そんな疑問を抱きながらも戦いを終え、緊張の糸が切れたであろう仁は、そのまま意識を失いながら前方へと倒れ込んだ。
何とか地面に倒れ伏す前に彼の体を受け止めた花音は、彼の心臓の鼓動と呼吸を確認して安堵すると共に、顔を上げて周囲を見回す。
悪魔の大群に食われて死んだダバが遺した銀のナイフ、ドラフィルの一撃を受けて気絶しているゼラの姿、そして、ぐったりとしているが命に別状はなさそうなシスターを見やった彼女は、小さく息を吐いてからこう呟いた。
「……何から報告すべきかな? 悪魔を倒したこと、ダバが死んだこと、一般人を巻き込んじゃったこと……それに、蒼炎騎士の血を継ぐ人間が現れたこと。どれも報告しなきゃいけないよね」
一時はどうなることかと思ったが、無事に生き延びることができた。
だが、これで全てが終わりになったわけではないということを花音は理解している。
少なくとも、今、自分が抱き締めているこの青年の運命はこの瞬間から動き出してしまったのだと……そう感じ取った花音は再び息を吐くと共に、自分たちに指令を出した組織へと連絡を取るのであった。
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