使者

「う、ぅん……はっ!?」


 閉じた瞼の裏からでも感じられる陽光を浴びた仁が、小さな唸りを上げてから跳び起きる。

 全身に汗をかきながら、ぜぇはぁと苦し気な呼吸を繰り返しながら、上半身を起き上がらせて周囲を見回した彼の視界に飛び込んできたのは、自分の傍に座る花音の姿だった。


「……おはよう。目、覚めたんだね」


「君は……! そ、そうだ! シスターは!? 子供たちは!? あの後、どうなったんだ!?」


「どうどう、落ち着いて。……大丈夫、みんな無事だよ。ここの子たちは昨晩何があったのかも知らずに眠り続けてたし、あのシスターさんもあなたより先に目を覚ましたから」


「そ、そっか……そう、か……」


 穏やかな笑みを浮かべながら、丁寧に状況を解説してくれる花音の話を聞いた仁が安堵のため息を吐く。

 両手で顔を覆い、自分自身を落ち着かせようと深呼吸を行った後、再び顔を上げた彼は、すぐ傍にいる花音へと改めて声をかけた。


「……夢じゃ、なかったんだね。昨日あったことは、その……」


「うん。全部が現実。あたしたち悪魔祓いエクソシストの存在も、悪魔にこの教会が襲われたことも、その悪魔をあなたが倒したことも……全部、本当のことだよ」


「僕が、倒した……本当にあれは、僕がやったのか? あんな恐ろしい化物を、僕が……?」


「そうだよ。あなたはこの教会に安置されていた聖剣を用いて、悪魔ドラフィルを倒した。あなたがシスターや子供たちを守ったの」


 仁がシスターから受け取った聖遺物を手に、ドラフィルを討滅したのだと……はっきりとした口調で彼へと告げる花音。

 そこで座っていた椅子から立ち上がった彼女は、深々と頭を下げてから彼へと感謝と謝罪の言葉を述べる。


「本当にありがとう。あなたのお陰で、犠牲を最小限に留めることができた。そして、あなたやこの教会の人たちを戦いに巻き込んでしまってごめんなさい。この償いは、必ずさせてもらうから……」


「………」


 花音からの言葉を受けた仁だが、その表情は決して明るくない。

 悪魔を屠り、大切な人々を守り、今こうして花音から感謝を告げられているというのに暗い顔をしている彼の頭の中にあるのは、ただ一つの心残りだった。


「……あの、ダバって男の人……死んじゃったんだよね? 悪魔たちに食われて……」


「……うん」


 仁からの問いかけを、重々しく肯定する花音。

 その答えに拳をぎゅっと握り締めた仁へと、彼女はこう続ける。


「ダバの死を、自分の責任だなんて思わないで。あなたはあたしたちに巻き込まれただけの被害者で、あなたがいなかったらあたしたちは全滅してた。あたしとゼラが生きているのはあなたのお陰だよ。彼は戦いの中で死ぬことを覚悟していた。だから、あなたが責任を感じる必要なんてないの」


「……目の前で人が死んで、そう簡単にそれを忘れられると思う? そんな言葉だけで、切り替えることができるとでも?」


「……無理、だよね。あなた、優しい人だもん」


 どすんっ、と音を響かせながら、小柄な体躯に見合っていない大きなお尻を椅子へと下ろした花音が悲し気な笑みを浮かべながら言う。

 昨晩見た中で最も衝撃的だったダバの死を何度も思い返しては握り締めた拳を震わせる仁は、彼女を真っ直ぐに見つめると真剣な表情でこう問いかけた。


「教えてくれ、君たちはいったい何者なんだ? 悪魔ってなんなんだ? それに……あの剣と鎧は、なんなんだ? どうしてあの十字架が剣に変わった? どうして僕はあの剣を使えた? あれが聖遺物の力なのか?」


「……そのことについてなんだけど、実は――」


 仁から矢継ぎ早に質問を投げかけられた花音が、一呼吸空けてから口を開く。

 彼が抱いているであろう疑問の全てを解消すべく、彼女がその説明を行おうとした、その時だった。


「――名前は久遠仁。年齢は十五歳。赤子の頃にこの『光の家』の前に捨てられていたところを保護され、以降はここで過ごす。性格は温厚かつ品行方正。施設の子供たちや職員たちからの信頼も厚く、中学の卒業後は働きに出ることを望んでいる……か」


 突如として聞こえてきた第三の人物の声にはっとした二人がその声のする方向へと顔を向ければ、そこには牧師服を着た壮年の男性の姿があった。

 全身が真っ黒の服に、十字架が刻まれた眼帯が特徴的なその男性は、年齢に似つかわしくない鍛え上げられた肉体から発する威圧感のようなものを放ちながら仁の下へと歩み寄る。


「……昨晩は、私の部下が失礼をした。しかし、君とこうして出会えたことを考えると、これも神のお導きということなのだろう」


「……あなたは、誰ですか?」


「失敬、自己紹介が遅れた。私の名前は伊作いさく、ここにいる花音たちの上司とでもいうべき人間だ。悪魔に対抗する組織『C.R.O.S.S.』にて、司祭という役職に就いている」


 丁寧な口調で仁へと語り掛けてきた伊作は、ベッドの上で寝たままの彼を見つめながら話を続ける。

 彼が登場した途端に花音が大慌てで椅子から立ち上がったことを見ても、伊作が相当に立場の強い人間であることがわかるだろう。


「挨拶と謝罪が遅くなって申し訳ない。先に目を覚ましたシスターから、君のことを色々と聞いていたんだ。ここからは、部下に代わって私が話をさせてもらおう」


 花音が座っていた椅子に腰かけた伊作が、懐から何かを取り出すとそれを仁へと差し出す。

 彼の掌の上に乗っているあの十字架を目にした仁が息を飲む中、伊作は静かに、淡々とした口調で、こう告げた。


「受け取るといい、。この聖剣と鎧は、君が持つべき物だ」


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