第7話 自分たちにしか出せない音楽
それから二人は、日を追う
リキがまず目を付けたのは、コウキの部屋にある音楽機材の山だった。
聞けば結局欲しくて金を貯めて買うという、学生からのスタイルでこのまま来ていた。
実際に作曲やライブで機材を使ったことがあるかというと、殆どないとコウキは答えた。
リキはここにある音楽機材は全部使えるようにしておいた方がいい、とコウキに決定付けた。
その流れから二人でやると決めた以上、メンバーは『コウキとリキ』のみで活動するという話になった。
流石にコウキは反対したが、リキはずっと六年間腐っている訳でもなかった。
今の音楽シーンを見ると、インディーズもメジャーも、大差がないということに気付いた。
儲けだけで考えたら、圧倒的にインディーズが一番だった。
ただし自分達で売り込まなければならないし、バンドではなくビジネスとして考えなくてはいけない。
要は一つの会社組織、と考えると簡単だ。
初期費用としてCD制作の為のレコーディング負担、そしてマスタリングはその分、恐ろしいほど費用が飛んでいく。
だが売れてしまえば、その収入は全て自分達のものになる。
一方メジャーに行けばその分、負担は減るだろう。
まず宣伝費、広告費が掛からない。
自分達で売り込まなくて済むからだ。
しかしメジャーには“契約期間”が存在する。
例えばインディーズバンドが、メジャーレーベルと三年契約したとしよう。
この与えられた三年という間に、
しかしバンドになると話は別だ。
作詞者、作曲者に何パーセントの印税、関わっていないバンドメンバーにはバンドとしての印税分しか入らない。
つまり、ちょっとした格差が生まれる。特に売れれば売れるほど、その格差は激しくなっていく。
最近では、その格差をなくす為なのか、作詞作曲編曲をバンド名義にして、公平に印税を分けるというのも増えてきたがまだまだというのが現状だ。
メジャーに関しては色々と話は尽きない。
だからコウキには現状としては、メジャーレーベルを目標にするのは諦めてもらうことにした。
コウキより音楽業界に詳しかったリキの情報を受け、素直に従うしかなかった。
というのは
そして二人である取り決めを
・作詞作曲において、お互いに口出しはしない。(ただし、バンドミュージックにしない)
・作詞は全英語詞。(リキは英検一級の持ち主。リスニング、ヒアリングもお手のもの)
・作曲はコウキだが、編曲は二人で行う。ただし主導権はコウキにある。
とりあえず大きく分けたのはこの三つだった。
バンドミュージックにしない、というのには少しコウキは引っかかったが、要は今までのような音楽ではなく、新しいものを生み出してみせろってことなのだろうと
リキからすれば音楽機材が大量にあって、それを使わない手はない、とでも思ったのだろう。
事実、機材を買っても『スピン・メディア』の時には殆ど使用したことがないのだから。
作曲ソフトで曲を作っていた。
今度はそうではなく音楽機材を含めた曲作りをしてみろ、ってことだろう。
コウキも良い機会だと思った。
思う存分、自分の音楽の視野が広がる。そのキッカケにでもなったらいい。
ある日、リキが突然コウキに、折り畳まれた大きな紙袋を渡してきた。
「何です?これ」
開けてみると、中には札束がいくつも入っている。目が点になるコウキ。
「あの…強盗でもしたんですか?」
「バカヤロウ! 何でこれからのことを話し合った俺が銀行強盗しなきゃならねえんだよ。今まで六年間、バイトで稼いで手を付けなかった金だ。それとプラス母さんの保険金も加えてある。多分トータルで一千万弱はあるんじゃねえかな」
より一層、目が点になってしまうコウキ。
突然こんな大金を渡されても。
その意図が分からなかった。
「いっせ…いやいや、こんなのいきなり渡されても! あ、もしかしてレコーディング費用とかそういうヤツで使うお金ですか?」
すると顔を近づけて、
「んなのに使う訳ねーだろ。コウキもバイトしながら曲を作るのは大変だろう? お前の貯蓄を含めて使え。分かったな?」
と、凄まれる。
だが大金だ。
コウキが受け取れるはずがない。
「いや、それとこれとは…それに先輩のお母さんの保険金まで入っているのなら、余計に受け取れないですよ!」
コウキはその紙袋を押し返した。
すると逆に押し返され、
「いいか、よく聞け。俺はお前と一緒にやることに賭けたんだ。お前だってそうだろう?」
いつになくリキはコウキを見据えていた。
「生半可な気持ちで組もうと思った訳じゃねえだろう? 俺は六年間、腐ってはいたが作詞は続けていた。
余計に凄まれて説得されてしまった。
「それにこれで使われるなら俺の母さんも報われるだろう。何かしらの形になる為の資金にもなるんじゃねえかってよ」
リキはそう付け足した。
コウキは思った。
この人は真面目だけど、不器用なだけなんだ。
心なしか、自分によく似ているとも思った。
「先輩はどうするんですか? 生活費とか、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。俺、まだバイト辞めてねーし。まだバイトリーダーだし。他のバイトも始めたし。だから心配するな」
正直コウキは複雑だったが、リキの気持であると思い、札束が入った紙袋を受け取ることにした。
そしてなるべく自分の貯金だけを切り崩して、全ての時間を作曲に集中しようと改めて思った。
コウキの音楽に対する模索が始まった。
とにかくバンドサウンドを忘れて、
リキは英語詞で歌うと言っていた。
それならば今の作曲方法を、培った概念をまず捨てることにした。
そしてバンドサウンドではない音楽、コウキは様々な行動に出る。
まずライブハウスではなく、
ソフトドリンクのみで爆音を聴き、そのサウンドを自分の身体に馴染ませていく。
馴染みのない音楽。
だが何かしらのヒントにはなるはずだ。
クラブをはしごすることもあった。店員から聞いて、近場のクラブに出入りし、また別のクラブへ。
それだけではなく、クラシックも聴くようになった。
ブルース、ジャズ、レゲエ、それこそ何でも。
聴くだけでも大変であるのにコウキは集中し、メロディーの海の中を泳ぎ、ヒントを探り始めていた。
クラブに出入りするようになり、
コウキは今まで使わなかった機材を触るようになっていた。
自分がベースを弾いている時のように、身体に馴染ませなければならない。
ヒップホップであろうが、テクノであろうが、時間を忘れ練習をしていく。
完全にコウキは
集中力、発想力、想像力がいい意味で入り乱れて、凄まじいスピードで身体に馴染ませていく。
それだけでは留まらず、クラブの常連DJと顔馴染みになり今どんなことが、どんなものが流行っているのか、リサーチもし始めた。
今までのコウキであれば人見知りが強く、上手く喋れなかったが、リキの影響なのか分からないが積極的に違うジャンルに飛び込んでいった。
仲良くなったDJから聞かされたことがあった。
「要はセンスがあるか無いか。オーディエンスのノリ具合で対応出来るようになれば、それがきっと本物ってヤツだよ」
練習しても、それは基礎だけ。
それ以上は無駄である。
ならば後はクラブのDJブースで、武者修行をするしか手立てがない。
一つのクラブと、週一で契約を結んだ。
勿論、馴染みのDJの推薦をもらって。
いつだって本番は緊張する。
しかし、今回のは訳が違う。
基礎が出来ていても、上手く出来るとは限らない。
ひょっとしたら、オーディエンスを盛り下げる結果になるかもしれない。
バンドで培った技術はここでは通用しない。
けれどその経験は通用しなくても、変化として生まれ変わる。
それだけを信じてコウキはDJブースに立った。
上手くリズムビートを繋げ、混ぜ合わせ、化学反応を起こさせることが出来るのか。
吉と出るか、凶と出るか。
コウキはターンテーブルを回し、ヘッドフォンでサンプリングを作る。
オーディエンスの反応と声も聞きながら。
会場に爆音が流れる。
コウキは自分の作りだしたリズムやサンプリングを、反応を感じ取りながら対応していく。
そのうち、まるでバンドでライブをしている時のような感覚になってきた。
夢中になっていた。
その場その場で、新しい音を生み出していくことに。
新しいタイプの音楽が作れている。
テクニックも申し分ない。
リズムトラックを流しつつ、ヘッドホンで音源を探して切り取り、さらに音をその場で加工し次々に重ねていく。もちろんオーディエンスの反応を意識しながら。
初舞台であるにも関わらず、会場は盛り上がった。
全くの無名の新人DJの誕生である。
元々ベーシストであるコウキ。
リズム作りや加工には慣れていた。練習を繰り返した効果もあったと思う。
そして何よりライブハウスと比較すると、熱量が圧倒的に違っていた。
むしろ分かりやすいぐらいだった。
生まれて初めて人の心を掴めた、不思議な達成感があった。
より深く音を追求する為に、コウキはDJブースに立ち続けた。
追求するだけではなく、身体に馴染ませなければならない。
視野を広げろ。
コウキはまだ、新しい音楽のほんの少ししか触れていないと思った。
ダンスビートやテクノ、ハウスミュージックを頭にも身体にも馴染ませていった。
そして夜が明ける。
コウキは直帰しすぐに曲作りをし、新しいジャンルを曲に混ぜ合わせていく。
今まで使わなかった機材を、まるでベースを弾いている感覚の如く扱いに慣れていく。
そして新しい曲を、実験的ではあるが完成させていった。
出来る度に音源をリキにメールに添付して送り、バイトが休みになるとコウキの所で編曲をしていった。
それがルーティンになりつつあった。
それでも何かが足りないとコウキは思う。
リキと編曲していく上で、何かひとつでもひと手間加えたら、より一層、音に広がりが出るのではないだろうかと思った。
バンドサウンドっぽくはしたくない。
かといってテクノっぽくもしたくない。
どちらのジャンルに偏ることだけは避けたい。
コウキは思い出していた。
リキがギターを弾けるはずだったと。
スコルピオ時代に、ボーカルとギターを担当していたリキ。
サイドギター専門だったが、リードも出来るようなことをリキは言っていた気がする。
「でも俺は小細工が嫌いだ。かき鳴らして引いてるほうが一番似合う」
そう言っていたような気がしたが一度弾いているところを拝見した時、やはりテクニックがあり、技巧派といえる腕前だった。
リードもサイドも出来るのは強みでもある。
そこで物は試しでリキのギター演奏を1トラックに入れてみないか、と提案した。
言われるがまま、リキのギター録音が始まった。
完全に思い付きであったから駄目だったらボツ、という軽い気持ちでいたのだが。
弾き終わり録音したギタートラックと他のトラックを、バランスよく
すると見事なぐらいに、ギターと電子音がマッチしたのだ。
その流れで、音楽ソフトで内蔵されているベース音のトラックを
ギターと同じく馴染んでいく。
クラブミュージックとバンドミュージックが、
これだと、と二人は確信した。
「やっぱり俺の目に狂いはなかったぜ。コウキ、お前はやっぱりスゲエよ!」
コウキの頭をグシャグシャと撫でる。
やっと出来たのだ。
二人が求めていた音楽に一歩近付けた感触が、そして手応えがあった。
その日のうちに出来上がっている曲に、出来るだけギターとベースを録音しながらも、歓喜する二人であった。
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