3・諦めからの希望
第1話 スピン・メディア、解散
静まり返った事務所の電話が鳴る。
社長が受話器を取る。
相手はマネージャーだった。
ススムを捕まえ、事務所からほど近いファミレスにいるとのことだった。
それを聞いて慌てて、コウキとルナはそのファミレスに向かった。
ファミレスに入って奥の席。
入口からでも分かるほど、
無理もない。
今まで信じて一緒にやってきたメンバーに、クビを
二人は席に着くなり、コウキはススムを説得し始める。
とりあえずドラムが今いない状況だ。
どこか知り合いのバンドからヘルプを頼むか、フリーのドラマーを探すか。
今は動きようもない。レコーディングは後回しに考えようと、コウキは提案する。
が、ススムはまるで抜け殻になったように頷こうともしない。
いつもならルナはここでキレてしまうのだが、そんなこと出来るはずがなかった。
こんな状況でバンドを継続することが出来る訳がないと、ルナも心なしかススムの様子を伺って思い感じ取っていた。
落ち着いて考えたとしても、この状況をまた思い出してしまう。
それに耐えられる自信がルナにはなかった。
つまり、ここでバンド
コウキはまだ、こんなことで壊れるようなメンバーじゃないと、心のどこかで信じていた。
これから三年目を迎える。
それをいとも簡単に「はい、解散しましょう」というベクトルに持っていけるはずがなかった。
それぞれの想いが交差する中、ススムがゆっくりと語り始めた。
「俺さ、嬉しかったんだよ。前のバンドがポシャッた時に、コウキが誘ってくれたじゃん? 最初はやっているジャンルが違うし、断り続けていたけど本当は嬉しくて……。だから加入が決まった時に、ギタリストとしてちゃんと
コウキは何も言わず、黙ってススムとの出会いを振り返りながら聞いた。
「だけど……途中で気付いちゃったんだよな。俺には才能がないって現実に。どんなに努力しても、報われないものがあるってことにさ。スピン・メディア、大好きだよ。今まで組んできたバンドの中で一番好きだ。だからこそ俺がメンバーとして、このバンドにいちゃいけないって思う」
再び沈黙。
ススムの想いが痛いほど伝わってくる。
よくある話だ。
バンドに限らず、スポーツ、仕事等、何でも限界というのは存在する。
スポーツであれば、どんなに練習や自主トレーニングを積んでも、成績に伸び悩む選手もいる。
トレーニングメニューを変えたとしても、最悪身体を壊す事もある。
一般企業で、営業成績、会社の
それこそメンタルが強ければ強いほど、気付かぬうちに心を擦り減らしていて、気付いた時には心の病を患ってしまっている。真面目であればあるほどだ。
よくある話、なのだ。
夢を持つことは良いことなのかもしれない。
しかしその夢を実現するという行為は、
それを分かってこの世界に飛び込んだはずだった。
しかしここまで残酷なものだったとは。
コウキは渇いた喉を、コップに注いである水を一気に飲み干した。
「やっぱり、解散だよ。コウキ、これ以上ススムを苦しめるのはやめよう」
意外な言葉をかけてきたのはルナだった。
ルナは感受性が強いから、衝動的にバンドを抜けると言ったんだ、とコウキは心のどこかで信じていた。
しかし、ルナの表情がいつもと違う。
今まで見たこともない、悲しそうな、そしてどこか悔しそうな、何とも言い難い表情をしていた。
こんな表情をするルナを見たのは初めてだった。
「もう壊れちゃったんだよ。壊れたものを治すのって大変じゃない? 治ったとしても傷跡が残る。アタシはススムのシンプルなギタープレイ好きだよ。下手な小細工ばかり入れ込んでくるギタリストに比べたら、ホントにススムのギターは好き」
「だったら、まだ希望はあるだろう」
コウキは諦めたくなかった。
この現実を受け入れたくなかった。
「アタシさ、一回、ススムから相談されたことあるの。オレのバッキングギターで、ちゃんと歌えるのかって。その時は素直に、全然問題ないって答えたんだけど…。もしかしたらあの時からススムは、自分のギター
コウキにも思い当たる節があった。
編曲する度に、ススムは確認しにきていたことに。
コウキはここで初めて気が付いた。
ススムを知らず知らずのうちに、自分達が追い詰めていたのではないのかと。
もっと。
ちゃんと。
ススムと向き合っていれば、ここまで彼を悩ませることなどなかったはずだ。
それをトオルは見抜いていた。
敵は内にあり。
まさにその言葉通りだった。
利己的にトオルの考えで、ススムをバンドから除外しようとした。
考え方の
しかしトオルもメンバー達に相談してくれていれば、こんな結果にはなっていなかったはずだ。
しかも後味の悪い結末には決して。
「トオルは……」
コウキが呟くように発した。
「トオルは何であんな言い方をしたんだろう? 何であんな直接的に、相手を傷付けるような言い方を……」
三人誰一人、沈黙を打ち破る者はいなかった。
その答えを知っているのは、トオルただひとりなのだから。
だが。
それまで三人の話を黙って聞いていたマネージャーが「ちょっといいか?」と間に入ってきた。
「君達はよくバイトなどで、ミーティングを欠席することもあったりしただろう? 最年長のトオルがいつもミーティングに参加して、それを君達に伝えるような形だったよね? 別に彼を庇う訳じゃないが、僕が思うことを言わせてもらってもいいかい?」
三人は黙って頷いた。
「トオルも今年で二十六になる。言い方に
「だとしても! 言い方ってものがあるじゃないですか!」
コウキは語気を強めた。
それでもマネージャーは続ける。
「年齢でいったら君達三人はまだ若い。けれどトオル君の場合、二十六だ。若いというかもしれないが、世間一般から見たら定職につかずにバンドをやっているっていうのは恥ずかしいと思うんだ」
もちろん人それぞれ考え方ってものがある上でだけど、と付け足す。
マネージャーの意見を黙って聞く三人。
言い返す余裕すらなかった。
「特に彼はプライドも高いからね。そんな彼に、バイトを理由に甘えてミーティングに参加しなかった君達が言えることなのかな? 彼はバイトがあろうとなかろうと、しっかりと調整してミーティングには現れた。この差は何だろうね?」
あくまで個人的な意見でトオルを庇っているつもりはないと、念を押すマネージャー。
コウキは勿論、ルナ、ススムは何も言えなかった。
何故なら事実だからだ。
どんなに大事なミーティングであろうと、金銭を優先にしていた為トオルに頼っていた。
頼めば絶対に断らなかった。
それは多分トオル自身が、最年長者としてのプライドが邪魔してそうさせていたのかもしれない。
トオルだってバイトをしていたに違いない。
それでもミーティングに必ず顔を出す。
これを一般社会に例えたら、ごくごく当たり前のことなのだ。
しっかりと将来を見据えて。
バンドをやっていると年齢が高くても関係なく、インディーズで活躍しているミュージシャンなんてざらにいる。
インディーズでもメディアに出る機会なんて、今じゃ当たり前。
だが『スピン・メディア』は違った。
メジャーに
そうすれば広告が一番楽だからだ。
自分達を最適な形で売り込める。
そのメリットが大きな理由だった。
だからインディーズは、メジャーに上がる為の
この計画を考えたのは、コウキ自身であった。
そう思うと、コウキは何か憑き物が落ちたかのような気分になった。
自分が間違っていたのだ。
自分の考えが甘かったのだ。
苦労していると言いながら、面倒くさいことから逃げて、それを誰かに任せる。
プロになるというのを履き違えていた。
気付かなかったことに激しく痛感し、自分の甘さがバンド解散に導いてしまった。
そして自然と答えが出てきた。
「もう、終わりです。解散…しましょう」
コウキが放ったその言葉に、ルナ、ススムは黙って頷いた。
コウキは
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