第7話 戦力外通告

 レコーディング前の最後のライブ。

 目安としては一か月半後辺りから、またライブを行う予定だ。

 楽屋には他のバンドがぞろぞろと出番待ちをしていた。

『スピン・メディア』の出番が終わり、楽屋に戻る時のことだった。

 ルナが突然コウキの耳元でささやいた。

「この間の“ユイ”って娘だっけ? 似たような娘が奥の方にいたのが見えたんだけど、気のせいかなぁ?」

 コウキは目を丸くした。

 そんなはずはない。

 ユイは聴覚障害者だ。

 来る理由が見当たらない。

「見間違いじゃないのか? 照明が眩しくてそういう感じの娘に見えただけじゃないのか?」

「そっか…そうだよね。言われてみれば、そっか。見間違いかも」

 そうだ。

 ここに来る理由がない。

 それにあんな別れ方したから尚更だ。

 チャットメールも送られてきたが、恐くて見ることが出来なかった。まだ開いてもいなかった。

 意気地なしだ、とコウキは自分を責め立てた。

 様々な葛藤を繰り返し、そんな状況下じょうきょうかであっても無事ライブは終了した。

 それだけでもコウキは安心した。

 それが原因で演奏に支障をきたすのは、来てくれた客を裏切ることになるしメンバー達にも迷惑になってしまう。

「今日はこのまま、すぐに事務所に行くんだよね? ミーティングするんでしょ?」

 ライブハウスの出番は『スピン・メディア』が最初だった。

 理由は今後のレコーディング制作のスケジュール、アルバムのコンセプトなどを調整する為だった。

 メンバー達は片付けや着替えもいつも以上に迅速じんそくに、すぐさま事務所へと向かうことにした。




 事務所に着くなり、社長、マネージャーを交えて、ミーティングに入ろうとした時だった。

「みんな、そろったね。それじゃミーティングを……」

「その前にちょっと、いいですか?」

 マネージャーの声をさえぎる。

 トオルだった。

「何だい? どうしたの?」

「丁度メンバーが全員揃っているので、提案したい内容があるんですが」

「提案?」

 トオルから提案なんて珍しかった。

 一体何かあったのだろうか。

 今日のライブで何か気付くこと、もしくは誰か演奏をヘマしたのだろうか、とコウキは思考しこうを巡らせる。

「個人的な提案なんですが、これを機にメンバーを変更へんこうしてもらいたいんです」

 その場にいる全員が、トオルを見たに違いない。

 メンバー変更。

 つまり『スピン・メディア』のメンバーの誰かが“クビ”になるという意味を指す。

「メンバーを変える? 何故だ?」

 椅子にもたれていた社長が、前のめりになってトオルを覗き込む。

「バンドを結成して二年。CDを出して約一年。これから三年目に入ろうとしているのに、何も結果が出せていない。いつも赤字でライブの動員数もマチマチというのが今の現状です」

「だがまだアルバムだって一枚だけじゃないか。ここでメンバー変更だなんて、今までライブハウスに足を運んでくれたファンは戸惑うぞ? 寧ろ逆効果だと思うが…」

 社長が思い止まるようにトオルに言い聞かせようとするが、

「そう言いますけどね、現実問題三年目に入るバンドがCDを一枚しか出せていなく、シングルも出していない。常に赤字。これから二枚目を出すのであれば、テコ入れが必要なんじゃないかって思うんですよ」

 確かにこれから結成して三年目に入る。

 常に赤字であることも、メンバー全員承知しょうちの上だ。

 今だって次のアルバムを出すのに、必死でバイトして費用を稼いでいる。

 曲は出来上がっているが、ルナも新譜しんぷの作詞を何度も書き直しをしているのは知っている。

 ススムもカッティングのレベルは高い。

 だが、コウキ自身がギターソロを強要してなんかはしていない。

『スピン・メディア』に必要ないからだ。

 そういうコンセプトでやってきたはずなのに。

「トオル、アンタ、本気で言ってんの? メンバー変更? 何それ。一体誰を変更するっていうのよ?」

 ルナは今にもキレそうだった。

 なんだかんだいって、このバンドに思い入れが強いのはルナ自身でもあるから。

 すると顔色を変えずに、トオルはその名前を口にした。

「ススムだよ。彼を変えてもらいたい」

 黙々とトオルの話を聞いていたススムが、目を見開き自分に指をさす。

「俺…?」

「ススムをだと? コウキ、ススムに関してお前から言ってみろ。サウンドプロデュースしているのはお前なんだから」

 社長が意見を求めてくる。

「いや、ススムをなんて考えたこともないですよ。そもそもウチらのバンドはギターソロがないのを売りにしている訳だし、寧ろリフやカッティングを売りにしているぐらいだし」

「そのコンセプトで、少しでもインディーズチャートに入ったか?」

 すかさずトオルが割り込んだ。

「かすりもしないだろ? 前から思っていたんだ。パンクでもハードロックでもない。かといってヴィジュアル系でもない、メイクなんて俺達男性陣はしないからな。ジャンルが定まってないんじゃないのか?」

 こうまで批判ひはんされるとコウキも黙っていられなかった。

「ジャンルが定まっていれば売れるっていうのかよ? そんなの分かる訳ないじゃないか。僕は無駄をはぶいた聴きやすく、キャッチーなのを目指してるんだよ」

「その結果、負のスパイラル、ってヤツに落ちている。気付かないのか?」

 コウキ自身も赤字であることは分かっているつもりだ。

 動員数もチャートもその他諸々もろもろ分かっている。

 負のスパイラル?

 そんなこと分かっていて、バンドやっているんじゃないのか?

 バンドって生き物みたいなものだ。

 上手くいく時もいかない時も、メンバーで話し合って次に生かすはずじゃないのか?

 コウキはそうやって解決していたつもりだった。

 だが、それは彼の一人相撲だったようだ。

 トオルはどこか冷めていると思っていたが、今まさに実現した瞬間だった。

 驚き、戸惑い、そして怒りに似た感情が芽生えてくる。

 トオルの本性を目の当たりにしても、言葉が出てこないコウキ。

「ふざけんなよ! そんな簡単に切れっていうの?」

 まるでコウキの意見を代弁するかのように、ルナが声を荒げた。

「オレ達はプロを目指しているんだろ? メジャー契約したいんだろ? アマチュアバンドじゃないんだよ、仲良しこよしって訳にもいかない。コウキだって分かっているんじゃないのか? 曲を作っているお前なら」

 コウキが何かを言おうとした瞬間、ススムが立ち上がった。

「分かってるよ、オレ。みんなの足を引っ張っているってこと。一番分かってた。もういいよ、辞めるよ。何だか踏ん切りがついた」

「ススム、待て」

 社長が止めに入るが、

「いや、拾って貰えただけ、感謝しかないっス。今までありがとうございました。」

 そう告げるとススムは足早に、事務所を出て行ってしまった。

 慌ててマネージャーが後を追いかける。

 残された四人。

「本人が言っているんです。話が早くなったじゃないですか」

「トオル、お前には人道的じんどうてきなものがないのか?」

 社長がトオルを睨みつける。

 この事務所は、ライバル同士であっても、切磋琢磨せっさたくまし、協力し合えるバンドやアーティストを送り出していく、という方針がある。

 それを頭から否定していくトオル。

「ありますよ、あるからハッキリと言ったんです。遠回しに言う方が残酷だと思いますけどね」

 その刹那。

 トオルに馬乗りになり、顔を何度も殴りつけるルナの姿。

 社長が割って入り、コウキはルナを羽交い絞めにする。

「ふざけんな、バカヤロー! 仲間を何だと思ってんだよ!」

「仲間? 違うだろ、単にメンバーに過ぎなかっただけだろう? プロになるんだったら、もっと上を目指すんだったら、これぐらいのことは当たり前だろう?」

 唇を切ったのか血をにじませながらもなお、自分の意見を曲げない。

 トオルはストイックに物事を考えていたのだろう。

 だが、温度差が違っていた。

 それは何とも表現し難い温度差。

 トオルはバンドの最年長だ。

 どこか焦っていたのかもしれない。

 例え同じスタートラインでも、年齢的なものが邪魔していたのかもしれない。

 コウキはトオルを庇う訳ではないが、そうやって考え納得しようとしていた。

「こんなひどいことするんだったら、もう嫌だ…。たった今、アタシはバンドを抜ける、抜けてやる! こんなの、未練もクソもないわ!」

 ルナはコウキの腕を振り切った。

 その目には涙を浮かべている。

 その姿を見ても、表情ひとつ変えず不敵な笑みをこぼすトオル。

「だったら、解散、ですよね? 社長? 今日、スケジュールの調整を話し合うはずでしたよね? どうせこれから予定を入れるつもりだったんだ。真っ白になっただけ。スタジオ代、レコーディング代、余計な費用が掛からなくて、丁度良かったんじゃないですか?」

 すると、間に入っていた社長がトオルを殴り飛ばした。

「勝手にしろ、もう二度と顔を見せるな」

 トオルは薄っすらと笑い、事務所を出ていった。

 泣き崩れるルナ。

 今まで積み上げてきたものが、こんな、いとも簡単に崩れてしまうなんて。

 何度かバンド解散の経験してきたが、流石のコウキもこんな形の解散は初めてだった。

 呆然と立ち尽くすコウキ。

 その横でへたり込んで泣きじゃくるルナ。

 新曲も、レコーディングも、一か月半後のライブも無駄になってしまった。

 全てこれからのはずだったのに。

 それが一瞬で、ふいになってしまった。

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