第6話 ライブハウス

 その日の夜。

 ユイはコウキにチャットメールを送る。

 だが、既読きどくは付かない。

 何がコウキの気に触れてしまったのだろう。

 その答えはあれから、リキに説明してもらった。

 コウキがユイに対して気を使っている。

 特にコウキが音楽をやっていることに対して、ユイにちゃんと話せていないこと。

 ユイにしてみたら大したことのない、寧ろちゃんと伝えてほしいと思った。

 しかしリキは少し困った様子で、アイツにとっては重大だったのかもしれない、と教えてくれた。


(俺が余計な事を言ったばかりに。悪い事をしたなぁ)


 リキは手話でユイに謝罪した。

 謝ることなんてないですよ、とユイは伝えたが、コウキがここまで繊細せんさいな性格をしているとは思わなかった。彼は彼でユイに真剣に向き合おうとして悩んでいた。それをユイは知らなかった。

 コウキの瞳を思い出していた。

 あの優しい瞳。

 人を憐れむ目では決してない。

 だから余計にコウキのことが気になってしまっていた。

 どうしたらいいのだろう。

 確かに手話の中でリキが言ってしまったことは、もしかしたら落ち度があったかもしれない。

 けれどそこまで真剣に考えていたのなら、ちゃんと伝えてくれたら良かったのに。

 繊細で、不器用で、優しい彼。

 傍から見たら、面倒くさいかもしれない。

 しかしユイはコウキに対して繊細で不器用だからこそ、相手を思いやる心が強いのだと思った。

 リキからチャットメールが届く。

 実はコウキが走り去った時に、もしもの為にチャットメールを交換していた。


『俺が電話しても出ねぇし、メール送ってもダメだ。既読が付かねぇ』


 そして絵文字スタンプで、土下座しているウサギが届いた。

 逆にリキに気を遣わせてしまっている。

 ユイは思いついたようにパネルをタッチし、スライドし続け返信した。


『リキさんにお願いしたい事があるんですけど、いいですか?』


 するとすぐに返信が来た。


『何? 何か秘策でも思いついたかい?』


 ユイは一呼吸置いて、次のように返信した。


『コウキさんのバンドのライブ、観に行くにはどうしたらいいですか?』


 ユイは自分でも思い切ったことを考えたと思った。

 聴覚障害で音が全く聞こえない。

 そんな人間がライブハウスに行くなど有り得ないし、とてつもない勇気が要る。

 だけどコウキは初対面の時にこう言った。


『お互い芸術家の卵だから、意識を高め合おう』


 この言葉に嘘は感じられなかった。

 たとえ耳が聞こえなくても、コウキのステージに立つ場面を観た時に、何かインスピレーションが感じられるかもしれない。

 今まではユイは、コウキに様々なインスピレーションを貰った。

 今度は私が返す番かもしれない。

 それなら彼の、コウキのいる音楽という畑に飛び込まなければ。

 しばらくして、チャットメールが届く。

 リキからだった。


『本当にいいのかい?』


 きっと心配してくれているのだろう。

 でもそんな気遣いは彼女に入らなかった。


『大丈夫です。いつだか分りませんか?』


 返信をする。

 もう覚悟は決まっている。

 そして貰ったインスピレーションで、コウキにサプライズをしたい。

 そうすれば彼も気に病むことなんてないはずだ。その繊細な性格を、もっと音楽に使ってほしい。

 リキからの返信で、バンドのライブ予定が分かった。

 このライブを逃したら、しばらくレコーディング期間に入るそうだ。

 善は急げ。

 チケットの買い方が分からない為、リキに手配してもらいライブにも付き添ってもらうことにした。

 ライブハウスは聴覚障害者であるユイにとっても、初めていく場所、出入りするだけでも勇気がいるし、何より照明が暗いはず。

 リキの返信から心配そうな様子がうかがえられたが、ユイはそう心に決めた。

 そうでもしなければ、得られるものも得られないかもしれない。

 そしてその得たもので、ユイの覚悟を表現しなければならない。

 だからライブハウスに行くことに意味がある。

 ユイはそう思った。

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