第12話 Flowers bloom at the bottom of tha deep sea
「こんなにも変わるとは……やっぱり現役って凄い…いや、多分ユイさんの感性が凄いのかもな」
ススムが自分のデザインしたジャケットアートと、ユイが少し手を加えたジャケットアートを見比べて脱帽してしまう。
(そんなことないですよ。専門的な知識ではなく、独学でここまで描けるのも才能だと思いますよ)
「ってユイちゃんは仰っております」
リキが手話の通訳としてススムにそう言う。
CDジャケットのデザインなのだが、クロッキー帳に軽く模写してから、今度はクレパスで流れるように色彩を施しただけだった。
ススムが描いたCDジャケットデザインはボールペンとサインペンで色を付けているが、ユイは少し手法を変えて原型はそのままにして、色合いを変えてみただけだった。
それだけでも随分と変化した。
(このデザインの締切は一緒なの?)
ユイはコウキに尋ねる。
(いや、CDジャケットは音源データ送った後でも良い手筈になっていると思うんだけど)
そう伝えるとコウキはリキに向き直る。リキはオッケーサインを出しているから、音源データとは別の手筈になっていることに安心した。
(それじゃ、ススムさんに伝えてくれる?)
ユイが提案したのはクロッキー帳に描いたデザインを、彼女が通う大学のPCにスキャンして出来る限りススムのデザインした色合いに近付けつつ、ユイの色合いも混ぜて完成したのをもう一度三人に見てもらう、という内容だった。
「いいんじゃね?」
「オレもそれに賛成」
リキとススムは了承したがコウキは、
「でもそれだとユイの迷惑にならないかな? だってわざわざ大学のPC使うんだよ? ユイのPCならともかく…」
コウキは何だか申し訳なさそうに手話を交えつつ、リキとススムに投げかけた。
「あぁ、言われてみれば確かに」
「ユイさんの手を
コウキの意見に二人は納得しかけた時だった。
(待って)
とユイが間に入る。
(私は耳が聞こえない。聞こえないけど今までずっとここのソファで三人の作業を見てた)
コウキはユイに向き直る。
リキはススムにユイの手話の内容を伝える。
(聞こえないけどみんなで知恵を振り絞って、作品を完成させよう、っていう情熱が伝わってくるっていうか……なんて表現したらいいのか分からないけど)
ユイの手話が息詰まる。三人はとにかく黙って続きを聞く姿勢でいる。
ユイは一呼吸入れて、再び指を動かした。
(私とコウキ君、リキ先輩にススムさん。畑は違えど“芸術”という意味では一緒じゃない? 音楽のジャンルとか分からないけど私は同じ“芸術作品”だと思っている。だから少しでも私は協力したい。ダメかな?)
ユイは指先で語り終えると頭を下げた。
この言葉。
コウキはいつかの自分が考えたことを思い出す。
今その言葉を、ユイのその細い指先から語りかけてきた。
『目指す場所は
「分かった、分かったから頭を上げて」
コウキは慌ててユイに寄り添って、優しく手話を送る。
「どうだ、ススム。これがコウキの彼女さんだよ。スゲエだろ?」
リキは前もってススムにユイのことは説明していた。
「えぇ。なのにさっきオレ、コウキに本当なのか聞いちゃいましたよ…完全に失言でした」
ススムは肩を落とした。
正直ススムはコウキが聴覚障害者と付き合っていることが信じられなかった。音楽などもってのほかだろうとも思った。
しかし目の前にあるのは、そんな垣根を超えた風景だった。コウキを羨ましく思った。
「コウキ」
ススムが声を掛ける。コウキがススムに向き直った。
「こちらこそよろしくお願いします。っていうか出来るならそうして欲しい。そうユイさんにそう伝えてくれないか? 頼む」
ススムはコウキとユイを見つめた。
(何て?)
コウキはユイにススムの言葉を伝えた。
ユイは理解すると大きく頷いた。
「さて、これでCDジャケットの件は落ち着いたな。後は最後の一曲だけだな」
「ん? ちょっと待って下さい?」
コウキはふいに何かを思い出した。
「そういえばこれからススムのギター入れる音源、先輩歌入れしてませんよね?」
「あぁ。入れてねぇな」
「“あぁ、入れてねぇな”じゃないですよ! 歌詞は! タイトルは! もう出来ているんでしょうね?」
「まぁまぁ」
リキはポケットから紙切れを出して、
「ユイちゃんの“あの絵”のタイトルから拝借して」
コウキが紙切れを開くと全英語詞だが、一行目にタイトルが書かれていた。
『Flowers bloom at the bottom of tha deep sea』
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