第11話 レコーディング、CDジャケット、そしてデザイン
それぞれ急ピッチで作業が始まった。
コウキは
(ゴメン、こんなことになっちゃって。すっかり予定を忘れていて)
そのように伝えたのだが、ふて腐れる様子もなく寧ろ優しく微笑むと、
(大丈夫。私、ここで見ていて良い?)
コウキは正直に戸惑いを隠せなかった。
今からこの部屋でやるのはレコーディングである。
しかも締切一週間前だから、かなり時間も掛かるとコウキは踏んでいる。
それなのにユイは逆に目を輝かせて、ゆっくりと繊細な優しい手話で伝えてくる。
これを見せられたら、断ることなんて出来なかった。
「いいのか? ユイちゃんここに居ても大丈夫なのか?」
リキが流石にコウキに対して気を使った。
(ユイちゃん、ここから結構時間との勝負になるから、見ていてもつまらないと思うぜ? 急に押し掛けた俺らが悪いんだけどさ)
リキがフォローに入るがそれでもユイは(大丈夫)と答える。
二人のやり取りを物珍しく見つめるススム。
「なぁ」
「何だよ」
「コウキの彼女さん、耳が不自由なのか?」
「だったら何だっていうんだよ」
珍しくコウキが語気を荒げることに、ススムは正直驚いた。バンドを組んでいた頃とは全然違う表情。
「いや、失礼な質問だったね。ゴメン」
ススムは謝罪した。
「どうも…」
「どうも…何?」
コウキが呟くように発した声に耳を傾けるススム。
「帰らないで僕らのレコーディングを見ていたいみたいだ」
「え?」
ススムは心の底から驚く。
聴覚障害であることは認識したススムだが、障害といっても具合は様々だ。全く聞こえない、微かに低い音なら聞こえる、など。
ススムもリキとユイと呼ばれるコウキの彼女のやり取りを見て、首を傾げて変わった娘だなぁ、そんな風に思った。
そんなことがあって現在、やっと四曲のバッキングギターのレコーディングが終了。
ここまでのレコーディングで既に外は薄暗くなっている。
急ピッチで何とかススムもこなしたが、次はそうもいかない。
予めコウキから音源デモを渡された中で、最後にレコーディングする音源はバッキングでありながらかなりレベルが高い。
「さて、少しぶっ通し過ぎたので休憩入れますか」
コウキがゲーミングチェアーで背伸びをする。モニター画面を見続けたせいか、やたらと目が渇いている気もした。
するとスッとコウキに淹れたての紅茶を差し入れるユイ。
(みんな集中していたから買ってきた)
リキとススムにも紅茶を差し入れる。
コウキは紅茶を飲もうとした時、ふと違和感を覚えた。
そもそもコウキの部屋にあるのはマグカップぐらいだ。
何故か今手にしている食器はティーカップだった。慌ててデスクにティーカップを置いて、ユイの視覚に人差し指を揺らした。
(このティーカップ、一体どうしたの?)
(コウキ君たちが集中していたから、近くの百均ショップまで行って買ってきたの。紅茶はスーパーだけど)
お盆を脇に挟んで答えるユイ。
(そこまで気を使わなくていいのに)
(いいの、そんなこと言わないで。それに…)
ユイは気付いた表情をして、自分のカバンを取って中からクロッキー帳を取り出した。
「クロッキー帳?」
その様子を見て思わず口にするススム。
「ユイちゃんは現役の美大生だ」
リキがススムに紅茶を啜りながら答える。
(ほら、これ)
コウキにクロッキー帳を渡す。
コウキは何気なくクロッキー帳を開いた。
そこに描かれていたのは、コウキ、リキにススム、それぞれの作業姿が鮮明にドローイングされていた。
ページをめくる度に、ただのドローイングのはずなのに、まるでクロッキー帳から“音楽”が聴こえてくるような錯覚。非常に完成度が高い。
素人のコウキがそう思うぐらいだった。
リキとススムも覗き見る。
「へぇ、スゲエな」
「いや、スゴイってレベルじゃないですよ…流石現役の美大生……」
二人共驚きを隠せなく、逆にここまで心のこもったドローイングに目を奪われている。
その時ススムが「あっ」と小さく声を上げて、思い出したかのように自分のトートバッグからキャンパスノートを取り出した。
ススムの思わぬ行動にリキが
「何だ、どうした?」
と声を掛ける。
「いえ、前からなんですけどコウキに頼まれていたんです、CDジャケットのデザイン」
リキがコウキに「そうなのか?」と尋ねた。コウキは黙って頷く。キャンパスノートを開く。何ページかボールペンやサインペンで彩りのデザインが描かれていた。
「スゴッ! お前、ギター辞めてこっちのほうがお似合いなんじゃないか?」
リキはキャンパスノートを覗きながらススムにそう促す。
「もうギターは趣味程度でしか弾いてませんよ。それに今回はまさか“スコルピオ”のリキさんの頼みですし、それは断ることなんて出来ないですよ」
それよりも、とススムはコウキに向き直って
「お前の彼女、ユイさんだっけ? アドバイスとか色々欲しいんだけど…。美大生からの感想にも興味があるし」
言われてみれば確かに、とコウキは思いソファでくつろぎながら紅茶を啜るユイを見る。
コウキの視線に気が付いたユイは
(何?)
と軽くサインを送る。
コウキはキャンパスノートを持ってユイの隣に座ってノートの中身を見せ、
(これ、ススムがCDジャケットのデザインをしてくれたんだけど、ユイから見て何かあるかな?)
ススムの場合、デザイン系の専門学校に通った訳でもなく、趣味が高じてイラストやアート系っぽいものを描いたりしていた。
つまり良くて“独学”悪くて“下手の横好き”といってもいい。
ユイはキャンパスノートを手に取って、まじまじと中身をゆっくりと見ていく。
コウキ、リキにススムの視線は、いやでもユイに集中していく。
自分が見られていることに気付いて
(ごめんなさい、ちょっとだけ集中させて)
本当に申し訳なさそうにユイは伝える。
「あ、ごめん」
「おぉ、確かに。男三人が何やっているんだ」
「コウキ、悪いな。彼女さんに負担を掛けているみたいで」
それぞれが声を揃える。
コウキは真剣な表情で、キャンパスノートに目を通すユイの姿に、やはり彼女は“人を感動させられる絵画”を描ける人なんだ、と改めて思った瞬間だった。
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