1・出逢い
第1話 夜中のスタジオで思い耽る
爆音が静寂に変わる。
防音効果で一気に静けさと、耳に残る残響で演奏を終える。
四人はそれぞれ楽器を置いてひとり、またひとりと部屋を出ていく。
コウキは部屋から出ると、すぐに休憩スペースへと向かった。
両肩をしきりに回す。
ベース担当のコウキは、そのままソファに寝転がる。
普段は一般にも
戸締りなども自分たちで行う。
ここまで
その分、楽器などを倉庫に保管するレンタル料は馬鹿にならないのだが。
おもむろにポケットからスマホを取り出し、アプリゲームを始めるコウキ。
時々思う。
アプリゲームをしていても、ベースを弾いていても、どちらも肩が凝ってしまう。
元々ギタリストを目指していたのだが、高校の
ギターで
しかしそれと引き換えに彼はベースのボディの重さのせいで、
だからなるべく練習やライブの時以外は、ベースを触らないように心がけている。
最近ではボディの軽いベースも売っているが、音に
それにやはり長年使っていれば、それなりの
肩凝りと愛着の
「ちょっと…いいか?」
寝転びながらスマホゲームをやっている最中に、ギター担当のススムが声をかけてきた。
「何? どうした?」
コウキは起き上がり、スマホをスリープに戻す。
「
「問題ないと思うよ、自然な感じだったし。ルナかトオル君に何か言われたの?」
「まぁ、コウキが言うなら大丈夫か。もう少し完璧に弾けるように練習してくる。だから今日はこんな感じだけど」
「練習もいいけど、根を詰めないでな。あれで全然いいから。ルナとトオル君はまだスタジオの中?」
廊下の奥を覗き込む。
「ルナは歌詞と睨めっこしているよ。多分さっき歌った部分が気に入らなかったんじゃない? トオル君は渡された音源を聴き込んでるよ。フィルインか何か拘っていたから。コウキは曲作りは順調なのか?」
「まだ始めたばかりだから。そうだね…やっと一曲ってところかな。でも夏前には多分終わると思うよ」
「オッケー、了解です」
ススムは喫煙所へと向かっていった。
後姿を見ながら、コウキは思うところがあった。
所属しているバンド『スピン・メディア』はこのまま順調にいけば、セカンドアルバムを制作することが可能になる。
事実事務所の社長から、夏前までにライブの成果が出せれば、セカンドアルバム制作を約束させてもらっている。
それはそれで喜ばしいチャンスである。
しかし、ほかの三人のメンバーのことを最近やけに考えてしまう。
バンドを組み始めて、あと少しで三年目に入る。
『スピン・メディア』はどこのインディーズバンドでも行っている完全『分業制』である。
例えば作詞はボーカル、作曲はギタリストなりベーシストなどがやったりする。
編曲はバンドにもよるが、メンバー全員で考えたり、作曲者が編曲したりと様々。
だがこれ以外にも思うことは多くある。
スケジュール管理はマネージャーがいるから何とかなるのだが、それ以外は自分たちで管理しなければならない。
そしてそれとは別の問題も発生する。
三年近くメンバーたちと顔を合わせていれば、嫌というほど性格を知り尽くしてしまう。
ススムは元々パンクバンド出身で、リフやカッティングに関しては群を抜いて上手い。
しかしギターソロを避けて通ってきたらしく、弾けることには弾けるのだが派手なソロは弾けない。それを気にしているのか、何かと作曲担当のコウキに確認や相談をしてくる。
コウキは『スピン・メディア』にギターソロを全くといっていいほど求めていない。
一度ススムに言ったことがある。それでも気にしているのか、何かとギターソロフレーズを持ち込みたがる。
ギターソロが弾けないギタリストというのが、ススムからすると格好がつかない、と思ってしまっているのだろう。
だからコウキはススムの気が済むまでやらせることにしている。
採用するかしないは、コウキが決めるのだから。
しかしギターに拘るススムだが、意外な才能を持っている。
『スピン・メディア』の物販デザインは彼が担当しており、最初こそは売れ残りもあったが今は発注をかけてライブをすると即完売。
ススムはデザイナーに向いているのではないか? なんて思うことが多々ある。
トオルは
ドラムの
何故このバンドにいてくれるのかも不思議なぐらいに上手い。
インディーズということもあって、やはり皆バイトをしている。
そうするとどうしても予定が合わないこともあったりする。
特に事務所との会議。
それを代わりに一人で出てくれて、他のメンバーに伝えてくれる。
メンバー同士で
隙が無い、という言葉が合う人物。
だからという訳じゃないが、逆に何を考えているか分からない。
メンバーだからこそ、敵に回したくないとも思う。
そして
歌が上手いというより、感情で歌うボーカリスト(とはいっても下手なわけではない)。
だが『トラブルメーカー』という言葉が合うのも彼女だ。
特にススム、コウキとの諍いは絶えない。
それだけだったらいいのだが、自分をとことん追い込むタイプで上手く歌えない、表現が出来ないとすぐ顔に出る。
一度、他事務所のバンドとブッキングした時のことだった。そこのボーカル(男)と殴り合いの
何が原因なのか、今となっては分からないがメンバー以外にも牙を
それ以来『スピン・メディア』とブッキングするバンドも減ってしまった。
まるで狼のような、悪く言えば地でパンクをしている女性ボーカル。
コウキ自身にも問題はある。
ベーシストでバンドの
幼いころからピアノを習っていたおかげか、
だから少しでも音のズレ、ミスなどがあったりするとやはり口に出してしまう。
音楽に対しては
人見知りで口数も少ない。
未だに事務所社長やマネージャーに対して、距離を置きがちだ。
個性豊かと言えば聞こえはいいが、コウキは自身が所属しているバンドを『
だがその
その点に関しては確かだった。
演奏技術や歌唱力、申し分ない。
次のアルバムで結果が出るはず。
コウキはそう確信していた。
思いに
振り向くと目を三角にしたルナが、仁王立ちしてコウキを睨む。
「休憩時間過ぎてるでしょ! オールだからって余裕ぶっこいてるんじゃないわよ! 練習始めるよ、れ・ん・し・ゅ・う!」
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