第9話 甘い時間を邪魔する者
翌朝。
ロフトの小窓から朝陽がこぼれて、ユイの寝顔を照らしている。
無防備で、だが幸せそうに寝息を立てている。
コウキは起きてからずっと、ユイの寝顔に見惚れていた。
リキが以前に
「メガネ美人は二度おいしい。メガネを掛けている姿と取った姿だ」
などと言っていた。
コウキはその言葉は本当だったと嚙み締めていた。
分厚いレンズのメガネを取ったユイの顔は、コウキには勿体ないほど可愛さだ。
元々化粧っ気のない女性がタイプのコウキからすれば、ユイは本当にタイプといっても過言ではない。
改めてそう感じる。
そばかすも愛嬌に見える。コウキはいつまでも彼女の寝顔を眺めていたいと思った。
が。
静寂な朝を玄関のチャイムが搔き消した。
連続して鳴るチャイム。
コウキはそっと布団から抜け出して玄関へと向かう。
「コウキ~、ユイちゃ~ん。知っているでしょう~? リキでございます~」
TPOという言葉を知らないのか、コウキは昨夜電話で話したはずなのに、まさか今日来るとは思わなかった。
コウキは仕方なしに玄関を開ける。
「おう、コウキ。おはよう」
悪びれることもなく、ニヤッと笑い返すリキ。そしてその背後に見知った男の姿があった。
「ススム…」
最後に会った解散時のヘアスタイルは変わって、黒髪の短髪になっていて一瞬ススムじゃない誰かと思った。
「久しぶり…だな、コウキ」
バツが悪そうにコウキとススムはそれ以上の言葉が思い付かないでいた。
その二人の姿を見て、リキは仕方がないといった様子で
「おいおいおい! お見合いじゃねえんだから! 何を
リキは二人の背中をバンッと叩く。
そこでハッとするコウキ。
「先輩! 何で今日なんですか! しかも朝っぱらから!」
「いや、早いほうが良いかなぁ~って」
「昨夜の電話でも知っているでしょう?」
「ユイちゃんだろ? で…ヤッたの? やっとドーテー卒業出来たの?」
コウキとリキのやり取りを尻目に聞いていたススムが目を丸くした。
「ちょっと待って…。えっ? 経験なかったの、コウキ? 初耳だぞ?」
コウキは瞬時に思った。
「えっ? ってことはお前、今までどうて…」
「ススム! 気安くその言葉を発するなよ? そこは別に“経験ない”でも良いんじゃないのか?」
すると横槍でリキが
「いやぁ、ススム君。“元メンバー同士”でも言えなかったんじゃないのかなぁ? 二十歳過ぎで“経験ない”って、そりゃあなかなか相談しにくいと思うぜ? しかも当時女性メンバーもいたんだろう? ナイーブな内容だよ」
「確かに、言われてみれば…」
「ススム! そこは納得するなよ!」
完全におちょくられている。
「でもよ、めくるめく夜を過ごせたんだろう? ならそれで良いじゃねえか」
「は? いや、リキさん! それってコウキの彼女がまだ部屋にいるってことですよね? 何でそれを先に言ってくれないんですか!」
ススムは狼狽するが言っていることはごもっともだ。
そもそも“例の件”というのは、コウキとリキの“斑鳩・フォーチュン・チルドレン”の音源の何曲かに、完璧なバッキングギター音源が欲しかった。
リキのギタープレイも中々のものなのだが、バッキング向きではなく“魅せる”に近いギタープレイ。これがライブであれば問題ないのだが。
縁の下の力持ち、という言葉があるようにリキでは力不足。コウキとリキは話し合った結果“スピン・メディア”の元ギタリスト、ススムのギタープレイであれば思い描く音源を完成させられる、ということでススムに白羽の矢が立ったのだった。
しかし。
「いつ音源録るなんて話、まだ何も決まってなかったじゃないですか」
「でも出来れば早いほうが良いだろう? 先方さんは音源データをさっさと送って欲しいみたいだし」
「だからって今日はないでしょう?」
「ユイちゃんだってお前の仕事姿ぐらい見たいんじゃねえか? あの娘、好奇心がスゲエじゃん?」
「あのー。“ユイちゃん”って?」
ススムが囁くように間に入る。
「ユイちゃんはコウキの彼女」
しれっとバラすリキ。
「んで、昨夜ドーテー卒業させてもらったんだよな?」
頭を抱えるコウキ。
その時。
背後に何かを感じた。コウキは振り返るとパジャマ姿で眠そうに瞼を擦っているユイが立っていた。
(どうしたの? リキ先輩も一緒で)
「おっと…これは……」
「あの娘がコウキの彼女…」
リキとススムはバツが悪そうにコウキを伺う。
コウキはさらに頭を抱えることになった。
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