第4話 千載一遇のチャンス
「どうだった? 間に合ったか?」
コウキが帰ってくるなり、興奮状態でリキに両肩を掴まれた。
「何とか間に合いました。ユイさんにも会えましたよ」
「そうか、良かった~」
胸を撫で下ろすリキ。
「これで会えなかったらお前にも恨まれるし、ユイちゃんにも恨まれるところだったぜ~」
「ん? 先輩はもしかしてユイさんが留学すること、知っていたんですか?」
「え? いや? どーだったかなぁ? 最近覚えが悪くて……」
知っていたな。
分かりやすい、しらばっくれ方をするリキ。
「ところでコウキ。ちゃんと男として、伝えることは伝えてきたんだろうな?」
急に真顔になってコウキに詰め寄ってくる。
コウキは頷いた。
「ちゃんと伝えました。遠距離になりますけど、メールとかネット電話で手話も使えますしね」
「んで、ヤッたの?」
「はっ?」
嫌悪な表情になるコウキ。
「付き合うことになったんだろう? アメリカに留学するんだろう? だったら答えはひとつ! ヤることはヤッておかないと!」
せっかく良い話をしているのに、この人はそういう思考にしか働かないのか、とコウキは呆れて何も言えなくなった。
それでも自分の想いを伝えることが出来て満足しているコウキがいた。
どんなに離れていても今の時代、さまざまな形で繋がることが出来る。
そう思えば寂しくも何ともない。
心は繋がっているのだから。
「あ、そうだ! それとな、嬉しいニュースがある。どうだ、度肝を抜くぞ」
リキは思い出したかのようにまた興奮し始める。
今度は何だ? またくだらないことであればブチギレてやろうか? とコウキは思った。
「お前が出てったと同時に電話があってな。そしたら電話の主、誰だったと思う?」
まさか。
レーベルから連絡があったのか?
コウキは息を呑む。
「ドイツのレーベルからだ、ドイツのレーベル! デビューしないかって、オファーが来たんだよ!」
「えっ? ドイツ?」
てっきり国内レーベルかと思った。
まだ国内に希望を持っていたコウキ。
それがまさかの海外。
しかもドイツ、ヨーロッパ圏だ。
「実は一度、俺のパソコンにメールしてくれてたみたいなんだが、俺、ドイツ語読めねえし。まぁ、そのメール自体にも気付かなかった可能性もあるんだけど。一応、俺のスマホの番号を送っていたから、それで直接連絡が来たってことだ」
「でも待って下さい、リキ先輩ってドイツ語話せましたっけ?」
「んなの無理に決まっているだろう」
でしょうね。
コウキはリキが英語も堪能だからドイツ語もいけるだろうと思ったが、それとこれとは全く別物のようだ。
「でもな、ドイツのレーベルに英語が話せるヤツがいてそいつと詳しい話をして、改めてメールを英語で送ってくれって頼んでおいた。それを読んでから返事させてもらうことにしたよ」
リキは自身のノートPCの画面を見せてきた。
全部英語。
コウキに読める訳がない。
「どーする?」
興奮するリキだが、逆に冷静なコウキ。
「あのー、すみません。出来れば和訳をお願いしてもいいですか? 僕、読めないので」
半分呆れている。
リキは勘付いたのか、悪い悪いと言ってメール内容を和訳してくれた。
「自動和訳にするととんでもねえ日本語になるからな」
気怠そうに言う。
端的にドイツのレーベルから二人のCDを出したいという。
マネージメントも一年契約で、契約してくれればちゃんと広告も打ち出してくれるそうだ。
希望をするのであれば、ドイツで暮らすことも可能。住居などは向こうで手配はしてくれる。
優良なレーベルだが、本当に信用していいものか。
「ちょっと条件が良すぎませんか?」
「そうか? 海外レーベルってこんなもんじゃねぇのか?」
「知らないですもん、海外レーベルのやり方って」
コウキも英語、勿論ドイツ語も皆無だが、デスクトップでレーベルサイトを検索してみた。
確かに存在するレーベルである。
そのサイトにコウキの知っているテクノユニットの名前があった。
「どうやら心配はなさそうだな」
「みたいですね」
それが決め手となった。
ここのレーベルは信用できる、と。
その後リキはネット電話を使ってドイツのレーベルとコンタクトを取り、二人の考えは前向きであるということを伝え、契約書などの書類は郵送してくれることになった。
もちろん“英語”表記で、とリキは打診した。
ただ。
一年契約でわざわざドイツで暮らす必要性があるだろうか、とコウキとリキは議論した。
「海外ミュージシャンのライブを肌で感じることで自分達の音楽がもっと広がる気もするのですが」
「でも一年契約でドイツに暮らせるか? もしライブしてくれ、って打診があったらその時に現地に行けばいいんじゃねぇの?」
「海外ですよ? ドイツですよ? 行くだけ行ってみましょうよ!」
「コウキ、お前はドイツ語を話せるのか? 俺は日本語と英語以外、全く話せないからな!」
二人の意見は食い違う。
ドイツの空気を肌で感じて、自分の音楽にアウトプットしたいコウキ。
日本に残って音源データをドイツに送って、ライブなどの打診があれば現地に行けばいいと思うリキ。
しかしリキのこの一言で決まる。
「コウキ、ドイツと日本の物価とか生活費も考えねぇと、マジで俺らはジリ貧になり兼ねねぇぞ」
こうして二人は日本に留まり、何かあればドイツに行くという形に収まった。
ドイツのレーベルから契約書が届き、二人はサインをして諸々の契約書にも目を通してサインをした。
「こういうのだけはメールじゃないってのにはビックリだな」
「確かに…今は少しずつネットでサインするのが当たり前になっているんですけどね」
それぞれしっかりとサインをしてドイツのレーベルに送り返す。
しばらくしてリキのノートPCにメールが届いた。
契約の確認完了と、今度は音源データを送って欲しいなどの旨だった。
とりあえず8~10曲送って欲しいとのことだった。
その点に関しては既に何十曲と作ってあるので、マスタリングもコウキがしていたので問題はなかった。
しかし。
「そういえばさ、ユニット名なんだけど」
リキがノートPCに目を通しながらコウキに尋ねる。
「どうかしたんですか? 斑鳩・フォーチュン・チルドレン、遂に改名ですか?」
「いや、向こうがユニット名“長い”って。だからユニット名は“IKARUGA”でデビューさせるって」
「別に良いんじゃないんですか」
するとリキは項垂れて、
「契約書にサインしてるから文句は言えねぇけど、せめてちゃんとしたユニット名にしておけば短縮されずに済んだのにな」
「リキ先輩が適当過ぎるからでしょ」
少しだけ良い気味だ、と思うコウキ。
「でも」
コウキはモニター画面から目を離さずに、
「国内レーベルより海外レーベルってすごいんですね」
「あ? あぁ、例のアレか。確かに契約書を読んだ時に度肝を抜いたな」
「まさか僕達に入ってくる印税が15%っていうのには驚きましたよ」
「原盤権だっけ? あれがしっかりしているからじゃないのか?」
日本国内のメジャー契約の場合、印税はあくまでも“作詞・作曲・編曲”と分けられ、それぞれのパーセンテージに振り分けられる。
尚且つ芸能人と一緒で、芸能事務所に所属しなければならない。
さらにJASRAC(日本音楽著作権協会)に所属しなければいけない。
こうすることでミュージシャンやバンドなどに印税が入ってくるが、よほどヒットしない限り生活は出来ない。
その代わり宣伝やカラオケなどに登録されるのだが。
インディーズの場合、個人でマーケティングをしないと売れるものも売れない。
しかし“原盤権”を持っていることで、インディーズでミリオンなどいったらとんでもない金額が動く。
海外の場合、その国にもよるが音楽レーベルと契約すると、この“原盤権”がミュージシャンに委ねられる。
だから印税も振り分けられることなく、15%という数字で入ってくるのだ。
「僕はメジャー契約を望んでいましたけど、海外レーベルと契約してひとつ勉強になりましたね」
「確かにな。こんなの叩きつけられたら、国内でインディーズで続けているほうがよっぽど良いぜ」
しかしコウキとリキは知っている。
もし国内インディーズで売れるには、よほどのマーケティングが必要で、それこそ1%未満の確率に賭けるしかないということを。
だが逆に良かったのかもしれない。
二人はそもそも気付いていた。
自分達の作る音楽は、日本では合っていないということ。
これはチャンスかもしれない。
この一年契約で、実績を何とかして残そうと意気込むコウキとリキだった。
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