第5話 コウキの過去(後編)
「僕は物心付いた時からピアノ習っていたんですよ」
リキは黙って聞いていた。
「ウチの母がよく発表会に来てくれました。僕も母が喜んでくれるのが嬉しかったし、ピアノって簡単に音は出せるけど、演奏するってなると奥が深い楽器じゃないですか。だからすぐにのめり込んでいきました」
「まぁ…言われてみれば、確かに他の楽器と違って単音だろうが何だろうが、簡単に音は出せるよな」
「だからどんどんピアノにハマっていって、そのうち『神童』なんか言われるようになって。だけど…」
急に言葉に詰まるコウキ。
リキはコウキのペースに合わせるように続きを待った。
「…だけど、僕が中学に上がる時に両親が離婚しました」
「離婚?」
「えぇ。あんまり信じてもらえないと思うんですけど…リキ先輩」
「何だよ」
コウキはジッとリキを見据える。
リキは突然真剣な眼差しでコウキが見つめてきたので、
「何だよ、何かあるならハッキリ言えよ」
「約束して下さい。ここから先は誰にも話したくない内容です。本当に僕と一緒に音楽をやるんであれば、これから話すことは誰にも言わないと約束して下さい!」
コウキは語気を強めてリキに詰め寄った。
リキは今まで見たことのないコウキの様子に驚いたが、
「何言ってやがる。俺の心に火を点けたのはコウキ、お前だぞ。至って俺は生半可な覚悟でここに来てねぇよ」
と一蹴してニヤッと笑ってみせた。
「わかりました」
コウキは一呼吸置いて、再び話し始めた。
「
リキは目を丸くする。
「冴山セイジっていったら、世界的に有名な“カシウス・ザ・スペクトラム”の元メンバーじゃねえか!」
冴山セイジ。
90年代初頭~現在まで彼の手に掛かればヒット曲が生まれるミュージシャン。
元『カシウス・ザ・スペクトラム』のキーボディストで、デビュー直後に全米ツアーを皮切りに世界一周ライブツアーを決行、帰国後に遅れて日本で大ヒットし、今では『逆輸入バンド』といわれている。
その後二年もしないうちに解散し、冴山セイジはソロ活動とプロデューサー業を兼任している。それは現在進行形でもある。
「その冴山セイジ…僕の父です」
リキは目を丸くして何も言えずにいた。
だが
「はぁ? マジかよ! 冗談だったら今のうちだぜ?」
リキはコウキを見据えるが、コウキは至って真剣だった。
コウキはゲーミングチェアーから立ち上がって、本棚から一冊の本を取り出す。
本のページを開くと、まるで栞のように写真が挟まっていた。
写真を取り出すと、コウキは無造作にリキに渡した。
その写真は家族写真だった。
まだ小学生のコウキを中心に、傍らにコウキの母、そしてあの冴山セイジが写っていた。
「マジかよ……」
リキは思わず口に出していた。
「どうです? 信じてくれました?」
コウキはリキから写真を奪うように取って、再び持っていた本に挟んで本棚に収めた。
「信じるも何も…でも、それと離婚。一体何が関係あるっていうんだ?」
リキの言う通りだった。
コウキが世界的有名なミュージシャンの息子であることは分かった。
しかしそれと離婚がどのようにコウキに関係があるというのか?
リキ釈然としなかった。
「父は」
コウキが口火を切った。
「父は母を捨てたんです。自分の才能に溺れて、愛人を何人も囲って。売れない女性アーティストも愛人関係を結んで、有名になったとかそんなのばっかりですよ」
今に始まった話ではない。よくある話である。
「それが原因で母は精神的に病んでしまい、何度も何度も自殺未遂して…」
「それで離婚、か」
コウキは頷いた。
「母の実家に身を寄せることになったんですが、母が回復することはありませんでした。こうなってしまったのも、あの最低野郎のせいなんです」
「だから音楽を冒涜するな。コウキはそう思っているってことか?」
「そうです。僕にも才能があるというのなら、そんなクソみたいな才能には溺れたくもない!」
リキは察した。
コウキはメジャー契約とともに、その腐った音楽シーンを“本気”で変えたいと思っているのだ、と。
だからインディーズではなく、メジャーに酷く拘っていたのだ。
だがリキは、
「でもよぉ、溺れるも何もコウキはそもそも真摯に音楽と向き合ってるじゃねぇか」
と一蹴する。
「えっ?」
「お前が憤る気持ちも分かるよ、そんな腐った世界に身を投じるのは俺もご免だからな。やるんだったらとことん音楽で勝負したい、俺だったらそうするけどな」
「だったら…」
コウキの声が怒りで震えている。
「だったらリキ先輩はどうなんです! “スコルピオ”のアルバムは最高ですよ! インディーズというグラウンドで偉業を成し遂げた傑作ともいえる。なのに…。何で解散して音楽シーンから消えたんですか! さぁ、今度はリキ先輩ですよ。聞かせてもらいますよ」
選手交代。
リキはコウキの怒りに満ちたその瞳を見て思った。
正直なヤツだ、正直過ぎる。危ういほどに。
だけど嫌いじゃねぇ。
この正直さに、ユイちゃんは惹かれたのかもしれねぇ。
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