第2話 コウキの決断

 コウキは変わらず国内レーベルの返事を待ち続けながら作曲を続けていた。

 リキも海外レーベルをくまなく探して音源を送り、英語表示が出来るレーベルサイトがあれば、そっちにも音源を送ったり。

 ここまでくると国など関係なく、なかばやけくそである。

 とはいえど基本アメリカ、ヨーロッパ圏が中心になってしまうのだが。

 それを繰り返していたある日。

 いつものようにリキがコウキの部屋にやってきて突然、

「お前、作曲に集中してくれって確かに言ったけど。ユイちゃんと連絡、ちゃんと取ってるよな?」

 シンセサイザーの鍵盤を、今まで普通に叩いていたその指先がピクッと動きを止めた。

 事実長いことユイと連絡を交わしていない。

 散々既読もせず、無視し続けたのだ。

 どう返信したらいいのか、正直分からなかった。

 まるで助けを乞うかの様な目で、リキに向き直った。

 溜息を吐く。

「やっぱりな。そんなことだろうと思ったぜ。本当にお前ってドーテー臭えのな。二十一にもなってよ、どうしてお前はそんなに奥手なんだよ」

 呆れたように、そして少し小馬鹿にしたように、言葉を吐き捨てるリキ。

「いや、その…だって、既読を…その、あの、無視して……」

「ちゃんと日本語喋れ」

 リキに容赦なくツッコまれる。

「コウキ、それでも男か? こういう時はお前から連絡するもんだろう? ちゃんと素直になれば良いだけじゃないか」

 リキが言うのもごもっともだ。

 素直になる、というのが一番の近道で誠実な行為である。

 だが、コウキは女性に対しての耐性が皆無かいむ

 どうしたらいいのか全く分からなかった。

 分からなく意気地いくじのないコウキは、やはりリキに聞いてしまう。

「でもリキ先輩、ユイさんとメアド交換、していますよね? 今どうしているのか、分かってるんじゃないんですか? 教えてくださいよ」

「教えな~い、知ってても教える気な~い」

「先輩のことだから、近況報告とかしているんじゃないんですか?」

「さぁ~、どうでしょ~う?」

 完全にからかわれ、煽られるパターンに入ってしまった。

 教える気がさらさら無いな、とコウキは苦虫にがむしを噛む表情。

 だったらリキの言う通り、素直にチャットメールをすれば簡単な話だが、どういう文脈でいけばいいのか分からない。

 コウキの脳内では詰んだも同然だった。

 頭を抱える。

 それを横目で見るリキ。

「ったく、しゃーねーなー。お前は」

 そう言うとコウキの目の前に、一枚のチケットを差し出した。

「何ですか? これ」

 チケットには『全国学生絵画展』と表記されている。

「ユイちゃんからな、お前に渡してほしいってお願いされてさ。こうやって今、女々しい男の前で差し出したって訳だ」

「会ったんですか! 元気にしてました? えっ、いつ? どこで?」

 ゲーミングチェアーから立ち上がってリキの肩を鷲掴みに揺さぶるコウキ。

「まだ話の途中だ、そう興奮するな。黙って聞け、コノヤロウ」

 軽く頭をはたかれた。

 気になるのは山々だが大人しく黙って聞くことにした。

「ユイちゃんはな、お前に感謝しているそうだ」

「感謝? 何故です?」

「お前は健常者だろう? ボランティアでも何でもないのに、ただ会話がしたいって理由で、いきなり手話を覚えてきたのは、お前が初めてなんだとさ」

 確かにそうだった。

 彼女ともっと近付きたくて、心に触れたくて覚えた。

「ユイちゃんからすると、お前は色んなものを与えてくれたんだとよ。何を与えてくれたのか、俺には教えてくれなかったけど」

「与えた? 僕がですか?」

「あぁ、そう言っていたぜ。ただ教えたくないほど、大事なものをお前は与えたんじゃないのか」

 コウキは悩んだ。

 自分はそこまで出来た人間ではない。

「コウキが分からないのは当たり前だろう? お前は奥手のドーテー野郎だから、分かるはずもないだろう」

 童貞は関係ない気がするが、とコウキは思うが。

 何か大事な、ユイにとっては凄く大切な何かを与えていた、ということになる。

 コウキに分かるはずがない。

 答えを知っているのは、ユイだけなのだから。

「でだ。そのチケットが多分、そのお前が与えたものの答えなんじゃないか? って俺は思うのだが。どうする? 行く? 行っちゃう? イッちゃうの?」

 煽り始めるリキ。

 正直その答えを見ていいものなのか、もしくは知っていいものなのか、考えてしまう。

 今まで連絡を絶っていた訳だから、そんな簡単に踏み込んでいいのか、と思い止まってしまう。

 だが。

 それでもユイに会いたい。

 その衝動にかられないように、作曲に集中して紛らわして、考えないようにしていたかもしれない。

 そうやって自分の気持ちから逃げていただけ。


 傷付きたくないから。

 傷付けたくないから。


 でもそんなことはもう、やめだ。

 これ以上傷付けることはしたくない。

「先輩…」

 コウキは拳をギュッと握り締める。

 何か決意を固めたように。

「何だ、コウキ」

「留守番、頼んでもいいですか?」

 リキはコウキの、覚悟を決めた表情を見逃さなかった。

「おう、構わねえよ」

「それじゃ…留守番、お願いします!」

 コウキはそのまま玄関に向かい外に出た。

 リキはコウキの男になった顔を見て、満足もし、作戦通り! と心の中でガッツポーズをしていた。


 が。


「先輩! このチケット、今日の夕方五時までじゃないですか! 今何時ですか!」

 玄関は開き、怒鳴るコウキの声。

「えっ? マジ?」

 リキは慌てて腕時計を見る。

 午後三時三十分。

 ここから個展会場となる美術館までどんなに急いだとしても、ギリギリ間に合うかどうか。

 やってしまった。

 リキは完全にしくじってしまった。

 だが原付バイクだったら、何とか時間に余裕が出来るかもしれない。

 ポケットからキーを出し、コウキに投げ渡した。

「俺の原チャリ使え! それだったら間に合う! スマン、コウキ!」

「それじゃ、借りてきますよ!」

 乱暴に玄関のドアが閉められた。

 と同時にリキのスマホのベルが鳴る。

 あまりの混乱状況の中、リキはスマホの画面をタップした。

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