第2話 ユイの旅立ち

「コウキ」

 リキが、思いに浸るコウキに声をかける。

「ユイちゃんは今頃、空の上だろ?」

 ユイはこの日、アメリカに旅立った。

 コウキは見送りに行った。

 ユイの両親、タダシとエイコも勿論見送りに来ていた。

 この時にユイは少し不安そうな表情をしていた。

 コウキはユイを優しく抱きしめる。長いようで短いような。お互いの身体を放すと、


(コウキ君は不安はないの?)


 と投げかけてきた。

 コウキだって離ればなれになるのは不安だ。

 だがその想いがユイの足枷あしかせだけにはなってはいけないとコウキは思う。

 そんな二人を見越してなのか、ユイの父タダシが、

「いいかい? 離れているといったって、お互いを信じ合ってお互いを想い合えば、あっという間に離れている時間なんて過ぎていってしまう。無理はしないことだよ、幸せっていうのはひとりで作り上げるものじゃない。コウキ君とユイ、ふたりで作り上げていくものだ」

 と、言われた。それを聞いてコウキは涙が出そうになった。ユイも父の手話で顔をクシャクシャにして涙が止まらなかった。

 コウキたちがドイツ・フランスにライブツアーへ行くことも驚いてはいたが、

(お互い、夢に一歩、近付けていってるね)

 と、彼女の指先が優しく告げる。

 それだけでコウキは胸がいっぱいになりそうになる。

 もう搭乗時間とうじょうじかんが迫る中、ユイの両親がいる目の前で、ユイはコウキに口づけを交わした。

 両親も驚いていた。

 特にタダシが。

 コウキは、あんなに大胆に変わるものなのか、と驚きつつユイの両親に何を言われるか、戦々恐々せんせんきょうきょうとしてしまった。

 ユイはそのまま手を振って、搭乗口に向かっていった。

「まぁ、娘には驚かされてばかりで。あの娘が本当に好きになったのが、コウキ君で本当に良かった。お転婆なところもあるが、これからもお願いします」

 ユイの両親はコウキにお辞儀をした。

 コウキも慌ててお辞儀を返した。

 そして今に至る。

 後は自分たちが挑戦する番だ。

 コウキは改めてそう思いに耽っているとリキが、

「ありがとうな、コウキ」

 と、突然かしこまった。

「どうしたんですか、いきなり」

「いや、色々とな。今じゃないと言えねえ気がしてさ」

 リキはそのまま天井を見上げている。

 そして立ち上がり、窓に近づいて夜空を見上げた。

「これで、少しは、母さんが喜んでくれたらいいな」

 それは聞こえるか、聞こえないかの呟きだった。

 コウキは聞こえてしまったが、何も言わなかった。

 リキは何かを残したがっていた。

 本当は音楽じゃなくても、良かったのかもしれない。

 でもいつかリキは、こんなことを言っていた。

「天国って場所は、痛みや苦しみから解放されるらしいぜ。もし本当に存在するのなら、母さんは音が聞こえるかもしれないな」

 そして六年の年月を経て、コウキと出会い、再び歌う道を選んだ。

 多分リキは母親に向けて、母親を想って、歌っていたと思う。

 コウキはレコーディングをしながら、そう思ったことが何度かあった。

 だからこそ、心の底から思った。

「何が起こるか、本当に分かりませんね、人生って」

 コウキはゲーミングチェアーに座りながら天井を見上げた。

「当たり前だろう、それが人生なんだから」

 リキは夜空を見上げたままだった。

「それもそうですね、だから面白いんでしょうね」

 その言葉は本心だった。

 人生は何が起こるか分からない。

 だけど、決めるのは自分自身だ。

 思うようにいかなくても、悩むことがあっても、それを含めて人生なのだから。

 迷ったり辛くなったら諦めるのでなく、休憩すればいい。

 答えを求めるのではなく、楽しみながら道を突き進め、ということかもしれない。

「ここからは、本当の意味での勝負だからな。楽しくいこうぜ、コウキ」

「ハイ!」

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