Day 17 その名前
高校の美術室にその絵はある。何代も前の卒業生が描いたらしいが、詳しいことは誰にもわからない。
美術準備室の片隅に、飾られるでも捨てられるでもなく立てかけられたキャンバスには、男とも女とも子供とも老人とも判別しようのない抽象化された人の顔が描かれている。タイトルも不明だ。
一応美術部部員ではあるけれど、あまり優秀ではない僕には、この絵が上手いのか下手なのかすらわからない。ただ美術準備室に入るたびに、この絵には視線を惹きつけられてしまう。というのも、中学のときに事故で亡くなった友達の佐藤くんにどこか似ているのだ。性別も年齢もわからない顔なのに、それでも一瞬「佐藤くんがこっちを見ている」と錯覚するほどだった。
本当に佐藤くんをモデルに描かれたものではないか、と思ったこともある。だがその考えは、同じ美術部の女の子が例の絵を指して「あの絵、一昨年死んじゃったうちのおばあちゃんに何となく似てるんだよね」と言ったときに霧散した。念のため美術部内で話を聞いてみると、半分くらいの部員がそれぞれバラバラな人物を挙げて「似ている」と言ったのだ。その「似ている」と言われた人々は、いずれも亡くなっていた。
あの名前のない絵は、あらゆる死者と遺された人たちのために描かれた肖像画なのかもしれない。その考えに至ってからというもの、僕は美術準備室に入るのを極力避けている。
怖いのだ。あの絵が佐藤くんに見えるのが怖いのではない。もしもある日、あの絵が佐藤くんではない誰かに見えたらどうしようと思うとたまらなくなるのだ。
そもそもその絵が美術準備室に安置されているのは、顧問の先生が「亡くなった母に似ている」と言っているからだという。
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