Day 30 貼紙

 夫とはお見合いで出会った。条件に不満はなかったのでさっそく籍を入れ、次の日から結婚生活が始まった。

 夫とわたしは常に生活のリズムがずれている。たとえば朝、わたしが起きると枕元の壁に貼紙がある。貼紙といってもごく小さなものだ。

『おはよう。仕事に行ってきます』

 と書いてある。わたしは近くに置いてあったペンをとって、貼紙に『おはよう。わたしも行ってきます』と書き足す。

 夜、家に帰ると朝の貼紙はすでになく、ダイニングテーブルの上に『ごちそうさま。豚肉おいしかった』と書かれた紙がある。わたしはそれに『それはよかった。ありがとう』と書き足し、冷蔵庫の作り置きが減っていることを確認する。

 とにかくそういう具合に、わたしたちはすれ違いながら生活をしていた。

 貼紙を見るに、夫は丁寧で優しそうなひとだった。会ってみたい気持ちもあったが、会ってがっかりされたらどうしようと思うと不安になり、そのうち何年かが過ぎた。

 ある朝、夫からの貼紙が貼り替えられていなかった。とっさに、なにかよからぬことが起きたのだと思った。それ以来夫の消息は知れない。わたしは毎日貼紙をしているのだけど、返事も読まれた形跡もない。

『おはよう。仕事に行ってきます。読んだら返事ください』

 今日も靴箱にそんな貼紙をしておいてから、わたしは家を出る。

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