Day 20 入道雲

 夏は度々サイレンが鳴る。

 晴れていた空が翳り、防災無線が『近くの建物の中に入ってください』と繰り返す。沸き返るようだった蝉の鳴き声はいつの間にか止み、遊んでいた子どもたちは脇目も振らずに家に帰る。

 ぼくも皆といっしょに公園を後にする。 

 家では母が犬を三和土に避難させており、ぼくの顔を見るとほっとした様子で「年々多くなるねぇ」とため息をつく。祖父母も姉も集まっている。父は会社だろう。

 こうして待っていると、やがて恐ろしく、そして恒例のものが始まる。

 空高く聳えていた入道雲がむくりと首をもたげ、白い雲の中に巨大な目玉がひとつ、ぎょろりと浮かび上がる。視界を得た入道雲は、音もなく前進を始める。

 やがて家の窓が真っ白になり、ガラスが細かくカタカタと震える。ぼくたちはじっと入道雲が行き去るのを待つ。

「こないだこの辺を歩いてた百科事典のセールスマンが、入道雲に飲まれて消えちゃったって」

 母が姉とひそひそ話をしている。

「乗ってた自転車だけ残されてたんだってよ」

「いやぁねぇ」

 やがて入道雲が山の方へ去ると、ぼくたちは何事もなかったみたいに元の暮らしに戻る。遠くなっていく入道雲の背中が見えなくなった頃、ようやく蝉が一斉に鳴き始める。

 

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