Day 10 くらげ
酔うとくらげが見える体質である。あまり酒に強い方ではないので、ビールを一缶も空ければ、大小様々なくらげがトイレの天井をゆらゆら泳ぐ姿を鑑賞できる。
ただ同じ体質の人間はなかなかいないと見えて、今まで一度も「酔うとくらげが見える仲間」に会ったことはない。
「あんた、酔ったときのくらげは捕まえちゃ駄目だよ」
たまたま通りかかった道端で、占い師に話しかけられた。
そういえば、あのくらげを捕まえようとしたことはない。占い師に言われて、そのことに気づいてしまった。
捕まえるなと言われた以上、あれは捕まえられるものなのだろう。
「なんでくらげのこと知ってるんですか」
「占い師だから。はい、百円」
ほんの一言だから百円でいいらしい。占い師に百円を払って、まだ財布に余裕があったのでビールを二缶買って帰った。
家でビールを飲んでいると、はたして天井付近をくらげがふわふわと漂い始めた。(ああいうことを言われると、かえって捕まえたくなるよなぁ)と立ち上がった。すでに判断力はいい加減低下している。
ベッドの上にのぼって、天井のくらげを目指して手を伸ばし、ぴょんと跳んだ。テーブルの上に落ちるかも、と思ったら、伸ばした腕をぐいと引っ張られた。
くらげの触手が腕に絡みついている。皮膚がちくちくと痛い。くらげは天井の近くをぐるぐる回る。つられて一緒にぐるぐる回ってしまう。周囲に青い海が渦巻き始め、波に飲み込まれたと思ったらぱっと目の前が明るくなった。
目の前に果てしなく水が広がっている。くらげに引かれて海に来たのだな、と酔っ払った頭で考えていると、水平線の向こうから黒い大きなものがちかづいてくる。
鯨だった。食われる、と思った瞬間、鯨の作った大波に飲み込まれた。
気がつくと、元のアパートの一室で倒れていた。全身がびっしょりと濡れていた。頭からビールを被っていたのだ。手元にあったスマートフォンとパソコンがビールを浴びて沈黙しており、もう二度と奴らを捕まえるまい、と思った。
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