Day 11 緑陰
美術館の裏庭にあるブロンズ像の近くで、足元にできる木漏れ日の影を見ていると、今一番会いたい人の顔が見えるらしい。
という噂を聞いて、私はさっそくブロンズ像のところにやってきた。自分が誰に会いたいのか、正直に言うとさっぱりわからない。でも会いたい人がいるっていいなと思った。
足元の芝生に、日差しと木々の葉が複雑な模様を描いている。それをじっと見ているうちに、高校の同級生だったA子の顔に見えてきた。ここ数年、思い出したことすらなかった顔だった。
とにかく私はA子に会いたいらしい、ということがわかったので、とりあえず電車に飛び乗った。A子の家は通っていた高校の近くだった。今もその家に住んでいるかはわからないけれど、もう連絡先なんか残っていないから、とにかくそこに行ってみるしかない。大捜索を予感していたけれど、結果として私はあっさりとA子に会えた。実家の近くに家を建てて、旦那さんと子供ふたりと住んでいるのだという。実家から出てきたA子は赤ちゃんを抱っこしていて、私の顔を見ると驚いたように立ち止まった。私のこと覚えてるかな? と心配になった次の瞬間、ちゃんと私の名前を呼んでくれたのでほっとした。
私は近くのケーキ屋で焼き菓子を買い、それを手土産にA子の家にお邪魔させてもらった。リビングには子供のおもちゃが散らかっていて、A子は「汚くてごめんね」と何度も言った。
「びっくりしたぁ。どうして来たの?」
「今一番会いたい人だったから」
「えーっ」とA子は言ったが、「でもわざわざ来てくれるほどだったなんて嬉しいな」と言って照れたように頬を掻いた。そういえばそういう癖があったな、と私は思い出した。
「最近何やってんの?」
「ふつうに仕事とか。今日は代休だけど。A子は?」
「私は家事と子育てだな。来年は職場復帰の予定」
「そうなんだ。何やってんの? 仕事」
「文化ホールの職員」
「ほかにもお子さんいるの?」
「うん。今こども園に行ってる」
A子の赤ちゃんは、私たちの話を聞きながら卵ボーロを食べたり、立ち上がってA子の顔を叩いたり、彼女にとっては未知の存在である私をじろじろ見たりしていた。
近況を聞いているうちに、上の子のお迎えの時間になってしまった。A子に一番会いたかったかどうかはわからないけれど、けっこう楽しかったし、なかなか有意義な時間を過ごせたと思った。
「ひさしぶりに会えて楽しかったよ。またね」
「うん、またね」
A子の家の玄関先で私たちは手を振って別れ、私はまた電車に飛び乗った。
電車に揺られながら、一番会いたい人に会うというイベントを消化した満足感と、それが終わった喪失感とを交互に噛みしめた。やがて元いた街に到着したとき、まだ夏の太陽は十分に高い位置にあった。これならまだ木漏れ日も見られるだろうと思って、私はまた美術館の裏庭に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます